63.城下町、ふたたび(1)
みなさんこんにちは、ルーナです!
私はいま城下町にいます!
ふふふ……せっかく旅行に来たんだから、楽しまないとねっ!
実は、明日王都を出立する予定。だから、実質今日が最終日というわけ。
あの日は事件のせいで最後まで遊べなかったから、隊長さんにワガママを言って、午前中、街に行く時間を無理やりつくってもらったのだ。
はっきりいって最高だ。
そういえば……昨日の一件以来、なんとなく隊長さんの私に対する過保護度合いが緩まった気がする。私が街に行きたいと言ったときも、以前ならもっと嫌な顔をしていたと思うけど、今回に関しては特になにも言われなかった。
「セレス=神竜セレスティア」が確定して、セレスがとてつもなく強いってことがわかったからなのかな。
うーん、まぁ……そりゃそうか。大国に1人で勝った英雄が隣にいるんだったら、大抵のことならどうにかなるでしょ。
なんてったって、神竜だしね。「神」の「竜」だよ?
ちなみにその神竜はというと、私のすぐ横でトルティーヤ的な食べ物を貪っている。さっき屋台で買ったやつだ。
「先程からずっと食べていますわね……」
ティーナが呆れたようにいった。
その言葉は、セレスだけに向けられたものだと思いたい。……私の手にも全く同じ物が握られているけど。
「食い過ぎだぞ」
「そ……そんなことないもん」
背後からライルのヤジが飛んでくる。
なにも言い返せない私は、ちょっと口を尖らせる程度の抵抗しかできなかった。
――実は今日の観光、セレスとティーナだけではなくて、騎士のみんなも一緒について来ている。
前回はというと、私たちを邪魔しないようこっそり遠くから見守ってくれていた。だけれども今回は、私のワガママでみんなに付いてきてもらうことになった。
ダメだって言われることも覚悟してたけど、隊長さんとしてはむしろ、騎士の存在をアピールする方針にしたかったらしい。だから、私の提案はすんなりと受け入れられた。逆に「常に誰かしらの騎士と一緒に行動する」という条件が設けられたくらい。
隊長さんにアイラ、ルルちゃん、ライル――みんなかっちりと騎士服を着て、ぞろぞろと私たちの後ろを歩いている。これは……ちょっと威圧的だね。
まあでも、やっぱりみんな居てくれたほうがより楽しいね!
「アイラ、これほしい!」
「まだ食べるんですの!?」
「今持っているのを食べきってからにしなさい」
別の屋台を見つけ、私は振り向いてアイラにアピールするも、横からは驚きの声が、当のアイラからはお叱りの声が聞こえ、諦めざるをえなかった。くっ……無念!
でもアイラの言葉で、手元にあるトルティーヤの存在を思い出し、私はぱくっと齧り付いた。
とても濃厚で塩辛い味付けの細切れ肉と、色とりどりの野菜が混ざった具材が、白くてふわふわとした生地に巻きつけられている。
一口齧り付くたびに、シャキシャキとした野菜の繊維の食感。そして、じゅわっと滲み出る肉汁。口の中でそれらが混ざり合って、非常に美味しい。
ただ具材を包むためだけだと思った生地も、実は濃い味を丁度よく調整してくれる役割を果たしていて、意外と無くてはならないものだった。
うん。おいしい、これ!
……王都は食べ物のレベルが高いね。全体的に味が濃くて、食べごたえがあるものばっかりだ。
急いでトルティーヤを食べ終えた私は、トコトコとさっきの屋台のところへ戻った。
い……いや、だって、ほしいじゃん!
旅は一期一会だよっ!
「あぁ……」
後ろからアイラのため息が聞こえたけど、気にしない!
その屋台は、ホットサンドを売っているところだった。いろんな具材をパンに挟んで焼いてくれるみたいだ。どれを挟むのかこっちでも選べるらしい。
もう既に美味しそうな香りが漂ってきて、ヨダレが垂れちゃいそう。
「こんにちは!」
「よう、お嬢ちゃん。ウチを選ぶとは、お目が高いね!」
店主さんは、ちょっとテンションの高いおじさんだった。メニューが読めない私は、直接この店主さんになにがオススメか聞いてみる。
「オススメのヤツください」
「あいよ、おすすめね……甘いやつだけど大丈夫?」
ほうほう、そう来ましたか。てっきり私は、肉とか野菜とかを挟むのかなと思ってたけど、どうやらオススメのメニューはスイーツだったらしい。
でも甘いのも大歓迎だ。甘いの大好き。私は元気よく「大丈夫!」と返事した。
店主さんはチョコレートを取り出すと、食パンの上に無造作に広げた。そこに更にバナナとバターを置いて、もう1枚のパンでぎゅっと挟み込む。
ほうほう、チョコバナナとな。絶対おいしいじゃん!
シンプルだけど間違いのない組み合わせに、私の胸はさらに高鳴る。
出来上がったサンドは、専用の器具でぎゅっと挟み込まれて、火にかけられる。これでホットサンドになるのだ。
……時間にして数分だろうか。
それは、思いの外すぐに出来上がった。絶えず漂うあまーい香りに、私のテンションは最高潮だ。
最後に、店主さんが食べやすいよう半分に切り分けてくれた。四角形から三角形2つになったサンドが、紙に包まれて私のもとへと届けられた。
断面からは緩やかにとろける黒いチョコと、キラキラと輝くバナナが覗く。ふふふ、これは間違いないね。
大きな口を開けて、サンドに齧り付こうとした瞬間、
「題して、
店主さんは、決め顔で言った。
「……せ、セレスティアサンド?」
「あれ、お嬢ちゃん知らないのかい? 昨日の夜、神竜セレスティア様が数百年ぶりに現れたって」
……ええ、知ってます。
なんなら、全然そこにいますよ。
って、いやそうじゃなくて。
なんでこのホットサンドがセレスの名前なの?
「チョコがセレスティア様の美しい体表を、バナナが金色の瞳をイメージしているんだよ」
「な、なるほど?」
私はホットサンドの断面をよく観察してみた。――黒と金色。それはまさに、セレスを表す色だ。
うーむ。確かに、言われてみればそう見えなくもない……かも?
で、“セレスティアサンド”を神妙な面持ちで受け取った私は、周りでも似たような言葉が飛び交っていることに気がついた。
「セレスティアパンはいかがー?」
「神竜印のチーズケーキだよ!」
「セレスティア丼、セレスティア丼だよ!!」
ブームになってるっ……!!!
もう明らかにセレスに便乗した商品が、街に大量に溢れてるじゃないか。
――セレスティアパン。
これはドラゴンをモチーフにした形なのだろう。
――神竜印のチーズケーキ。
よく分からないけど……たぶん“印”ってことは、表面に焼印でもあるのかな。
――セレスティア丼。
これに至ってはもう意味不明! なんだセレスティア丼って。似つかわしくなさすぎでしょ。そもそも、ご飯になにを載せたらセレスになるのか。言葉から推測できる情報が全く無いよ。
こんなにも軽々しく名前を使われて……セレスは嫌じゃないのかな。
「セレスティア丼、1つ」
「せ、セレスっ!?」
そこには、自分の名前のついた丼を頼むセレスの姿。心なしか彼女は、早く食べたくてソワソワしているように見えた。
いや……あの……もう、なんでもありじゃん。
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