62.どうしてこうなった
「セレス、この話……本当なの?」
隊長さんに、神竜セレスティアのお話を教えてもらった。まるでお伽噺のようだけど……これは、この国に伝わる大事なお話。誰もが一度は耳にしたことがあるくらい、とても有名な史実らしい。
まさか、セレスがこんな重要人物だとは。いつもぼんやりとしていて、何を考えてるのか分かんなくて……そんなセレスが、この国を救った英雄だなんて。
……正直言って、全くイメージがわかないし、今もあんまり信じられていない。
でも当のセレスは、こくりと頷いていた。
「大体、あってる」
つまり、多少美化されている部分もあるけど、概ね事実ってことなのか。
でも1つだけ気になるのがさ……このお話って何百年も前のものだよね? これは歴史書に載っているレベルで、大昔の話のはずだ。
「あのさ……」
「ん?」
「セレスって今何歳なの……?」
恐る恐る私が尋ねると、セレスは「んー」と考える素振りを見せた。
私はその様子に、こてりと首を傾げる。
「数えてない」
セレスは諦めるように言った。
……あー、えっと。
確かに、ドラゴンは人間よりも長命だって聞いたことがある。数百年、数千年生きる個体もいるんだって。
だから、セレスが見た目よりも遥かに年齢が高い可能性も十分に考えられるんだけど……。
でもこれってさ、セレスは最低でも何百歳ってレベルなんだよね?
下手すれば4桁台に突入している可能性もある。
セレス……私、敬語使った方がいい?
「ルーナ、今更」
あっ、それはそうだね!
正直、何百歳って言われてもピンとこないし、もう今まで通りに接することにしますね!
――私は考えるのをやめます!
ふぅとため息をついた私は、セレスと初めて出会った日のことを思い出した。
あの日は確か……迷子事件があった日だっけ。
森でエミルという男の子が迷子になって、私がその子を見つけ出したんだよね。その道中でオオカミに襲われたかと思ったら、さらに黒いドラゴンに襲われて……でもそこから無事に逃げ出して、無傷で帰ってこれた。
「セレス、あの日はなんで私たちを襲ったの?」
「襲ってない、オオカミから助けた」
あっ、そういえばそうだったね……確かに言ってたわ。
……で、でもさ、あんな巨体が目の前に来たら襲われるって思っちゃうよ!
しかも超強力なブレスまで撃っちゃってさ。確かにアレのお陰でオオカミはいなくなったよ? いなくなったけど、あの時エミル気絶してたじゃん。
あんなの、一歩間違えれば“死”だよ。あれはもう、ほぼ襲撃だと思うな、私。
「ごめん。でもじゃあ、なんで
そう尋ねると――突然、セレスは私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「かわいいから」
……私の目は点になった。
思わず私はセレスに聞き返す。
「えっ、それだけなの?」
「ルーナは人間助けた。それと同じ」
ふーむ。
よくわからないけど、そういうものなのか。
私からすれば、人を助けるのは常識だ。もちろん出来る範囲でだけど。
それと同じで、同族である私を助けるのも、セレスにとっては常識の範囲だったのかもしれない。オオカミに追われていた私を不憫に思って、力を貸してくれたのだと。
……まあ、セレスは気ままな性格だから、実際はそこまで深い意味はないのかもしれないけどね。
「……でも、ルーナに攻撃された。悲しかった」
「え……」
そういえば私、セレスに向けてブレス吐いたんだった。
とても悲しそうに俯くセレスに、私の罪悪感がちくちくと刺激される。
あっ、あれは不可抗力っていうか、正当防衛っていうか……。あんなの急に現れたらびっくりしちゃうし、しょうがなくない?
っていうか、あの時セレス言葉喋ってなかったし、助けてくれたなんて、わかんないよ!
……とはいえだ。
私がセレスに対して攻撃をしてしまったのは事実である。私のブレスは割と強力だし、セレスにもそれなりにダメージは入っていたかも知れない。
実際、あの時なんか苦しそうに胸を押さえてたし。あれ……なんで胸?
「セレス、ごめんね……痛かったでしょ?」
「うん。心が痛かった」
セレスは、両手で胸を押さえるジェスチャーをした。
悲しいを全身で表現してくれているようだけれど、私が聞きたいのはそこじゃない。
「か、体は?」
「全然」
キッパリと答えるセレス。
……し、心配して損した!
よく見ると、セレスの表情はどう見てもケロッとしていて、私のブレスなんか屁でもないといった表情だった。くそぅ……、なんかちょっと悔しいぞ。
「ルーナ、大丈夫。100年あれば、私と同じくらいになる」
セレスはそう言ってくれたけど……別に100年は全然短くないからね!?
その長さは「一生かけても無理」のときに言うやつだし、全く励ましになってないよ!
でもそのセレスを見ると、冗談で言っている感じではなかった。「たった100年でできるようになりますよ!」と言わんばかりだ。
……うーむ、ドラゴンの時間感覚はわかんないな。ならセレスは一体何歳なんだ……とても気になる。
「セレスって、本当にドラゴンなんだね」
「そう、だよ?」
不思議そうな顔をするセレス。
「いつも人の姿だから忘れちゃうよ」
「ふふ。私は、好きな人のために、人の姿をしているだけ」
「へえ……そうなんだ」
「ルーナ、人間好き……でしょ?」
セレスは私に確認するように言った。
確かに私は、砦の騎士たちは大好きだ。
アイラもルルちゃんもライルも、それに隊長さんも……それだけじゃない、忙しいのに私にたくさんかまってくれる、砦の優しい騎士たちがみんな大好きだ。この砦に来れたことを、私はとても幸運に思っている。
――ってことはさ、セレスが人間の姿をしてるのは……私のためだってこと?
確かに、初めて出会ったあの時、私はあの巨大な黒竜は凄く怖かった。私がセレスに攻撃したのもそれが理由だ。だからセレスは……私が怖くないように人の姿のままでいてくれてるのかも。
「そうだよ、でも――」
今なら言える。
私はセレスのことを全て知っているわけじゃないけど――なんならまだまだ知らないことばかりだけれど――、セレスはとても優しくて、気遣いができて、甘えたがりだってことも、今の私は知ってる。
「――もう私、セレスのこと怖くないよ。友達だから」
「ルーナ……」
私がそう言うと、セレスはしんみりとした表情で私の名前を呟いた。
そしてそのまま私の体をぐいっと両手で持ち上げると、包み込むようにぎゅっと抱き寄せた。そのままハグをする形になった私は、セレスの胸に埋もれた。……柔らかい。
しばらくのあいだ抱き合った後、セレスは何かを思いついたような表情をして、私をそのまま隊長さんに手渡した。
「散歩、してくる」
そう言い残し、セレスは私たちの前からふっと消えた。
「ルーナ……あれを見ろ」
「え、あ、あれ、セレス?」
突然のセレスの言動に困惑していた私たちは、その存在に気づくのが少し遅れた。隊長さんと私はその顔を見合わせ、夜空に浮かぶ黒い影に目をやった。
月夜に浮かぶ漆黒のウロコ。その瞳はギラギラと金色に輝いていて、畏怖を感じるとともに、同時に神秘的な美しさも感じられた。巨大な二対の翼を上下させながら、それは天高くに浮上していった。
それはまさに――神竜セレスティア、その姿だった。
「神竜セレスティアが最後に目撃されたのは、今から300年ほど前だ」
「……へえ」
隊長さんの言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。
ふと空を見上げれば、セレスが王都の上空を自由気ままに飛び回っていた。まるで観光でもするかのように。
あんな上空でその巨体だったら、王都のどこにいても姿を見れるだろうね。300年ぶりのその姿に感動するべきなのか。
いや。そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ。
今頃、街は大パニックに違いない。だってあんなデカいドラゴンが空を飛んでるんだから。
――どうしてこうなった。
私はそう心の中で呟きながら、大きな大きなため息を漏らした。
「隊長さん」
「……なんだ、ルーナ」
「帰ろう」
……これ、もしかしなくても、私の所為だよね!?
怒られる前に早くトンズラしないと!
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〔あとがき〕
たくさんの応援ありがとうございます。
ようやくセレスの正体を書き切ることができました……。
もう数話ほど3章が続きますので、応援のほどよろしくお願いいたします。
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