60.セレスティア
ベッドに寝込むリーゼルを囲むようにして立った。
固唾をのんで見守るダリオスさんを背に、私はセレスにお願いする。
「セレス、お願い」
うんとセレスは小さく頷くと、その右手をリーゼルの額に当てた。
リーゼルは気持ちよさそうに、ゆっくりと目を閉じた。
……セレスは体温が低めなので、ひんやりとしていて気持ちいいのだろう。
そしてしばらくして、その当てていた手が光った…………ような気がした。
「終わった」
時間にして10秒くらい?
セレスはそんな宣言をして、当てていた右手を取った。
……えっ、熱測っただけ?
なにやら魔法を使っていたような気がしなくもないけど、全然派手な感じでもなかったし、時間も短かったし。
うーん……ぜーんぜん、なにが起きたのか分からなかった。
正直、拍子抜けだった。
――だが、そんな私の考えとは裏腹に、どんどん“効果”が現れはじめた。
「リーゼル……?」
私はまず、その顔から斑点が消えていることに気がついた。元のキレイな肌色に戻っていたのだ。
そして私はさらに気がつく。……「元の肌色」ということは、青白くなっていた肌にどんどんと血色が戻っているということだった。
ほんのりと赤く色づいた頬は、もはや健康な状態であるように見えた。
「お、お父さん……」
リーゼル自身も驚いたように、自らの両手を見つめた。その時の声は、先程までのか細い声ではなく、しっかりと芯の入った、普通の声だった。……こんなかわいい声だったんだね。
そして、朦朧としていた意識はすっかりと晴れ、しっかりとした視線で私たちを見据えていた。
血色がよく、ツヤのある肌。そして、曇のない笑顔。
リーゼルはみるみるうちに元気になって、さっきまで病床に伏していたとは、もはや誰も思わないほどに回復しきっていた。
「これは凄まじいな」
隊長さんは感嘆する。
「せっ、セレス、なにをしたの?」
私はというとセレスに慌てて尋ねた。
……これは、奇跡だ。
セレスが何をどうしたのかはわかんないけど、凄まじいことなのは分かる。ひどい状態の病人が、ものの数分で全快したんだよ!?
「治した。病気、なくなった」
……私は、その方法を聞いたんだけどな。
そんなん誰が見ても分かるよ! すごいけどさ!
「リーゼル、リーゼル……! 痛いところはないか? 苦しいところは?」
「お父さん、私、すごく良くなっちゃった」
「……リーゼル!」
ダリオスさんは、リーゼルを抱きしめた。その口からはひたすら彼女の名前が溢れていた。その表情は、喜びというよりは安堵。
“死”というタイムリミットから解放された2人の表情は、とても言葉には表現できないほどに感動的だった。
「ルーナ、セレス。帰るぞ」
隊長さんはその後ろ姿を見送ると、私の体を抱き上げた。隊長さんの顔をふとみると、口元が少し緩んでいたような気がした。
……そうだね、これ以上2人の邪魔はしないであげよう。
ゆっくりと部屋から立ち去ろうとしたとき、ダリオスさんから声がかかった。それは他でもない、セレスに向けられたものだった。
「君は……一体、何者なんだ?」
絞り出したような言葉。
未だ起きたことを信じられないような様子だった。
それに対して、セレスは振り向かず、ただ前を見て答えた。
「――私は、セレスティア」
◇
絶えず聞こえる感謝の言葉を背に、ダリオスさんのお家を後にした。
――今は、隊長さんが走らせる馬の上。
私とセレスは離宮に戻るため、王城までの道を揺られていた。既に日は完全に落ちて、辺りは暗くなっている。靡く風が涼しくて気持ちいい。
「セレス」
そんな私は、セレスの腕の中から、その名前を呼んだ。
彼女は美しい黒い髪を靡かせながら、私をじっと見つめていた。その金色の瞳は、私の頭の上で煌々と光るお月さまと同じ色だった。
「セレスって……すごいんだね!」
私は素直にそう思った。
だって、セレスのおかげで、しかもこの短い時間で、2人をあっという間に救ってしまったのだ。私なんかには、到底できないことだ。
セレスは普段ぼんやりしていて、なに考えてるかよくわかんないけど……こんなすごいことができるなんて、驚きだ。
ちなみに当の本人は、どうやらまんざらでもない様子で「むふー」と鼻息を荒くして喜んでいた。よかったね。
一方の私も、セレスに頭を撫でられて気を良くしていたのだけれど……突然、隊長さんがある話を切り出し、私の意識はそちらに集中する。
「……ルーナ、この街の名前は知ってるか?」
えっと……街の名前? そういえば、全然しらないや。
っていうか、急に何の話なんだろう。
私がそう疑問に思っていると、カポカポという馬の蹄の音が止んだ。正面から流れてくる風は徐々にやみ、周りがどんどん静かになっていく。
――隊長さんが、わざと馬をストップさせたのだ。
「わぁ……きれい……」
広がる夜景に目を奪われた。
王城へと向かう坂道の途中。街よりも高い場所にあるから、その景色が一望できるのだ。
この前3人で王都に遊びにいった時にも見た景色だけれど、あの時はまだまだ明るかった。だけども今は夜だ。キラキラと輝く灯りが無数にあって、それぞれに人々の暮らしが宿っている。
そんな景色を眺めながら、隊長さんはこの美しい街の名前を教えてくれた。
「――王都、セレスティアだ」
「……えっ」
セレスティア。
それは、私が普段「セレス」と呼ぶ、この黒髪の女の子の名前だった。偶然の一致……というわけでもなさそうだ。
間抜けな声を出した私は、セレス――いや、セレスティアの顔を見つめた。
だけどもそこには、いつものセレスがいた。
相変わらず彼女は、胸を張って自慢気に私を見るのだった。
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