59.希望

「ま、まさか、いや、試してみる価値は――」

「無い」


 セレスは冷淡に切り捨てる。


「そんな…………」


 残された最後の希望も絶たれ、がくりと崩れ落ちるダリオスさん。そんな姿を見て、私は彼にどんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。


 娘さんのことを想い、一縷の望みに懸けて行われた計画。

 やったこと自体は許されないけれど、その気持ちは理解できる。

 つまり、なんというか……かわいそうだな、って思ってしまった。


「セレス、どうにかできないの……?」


 困り果てた私はセレスに尋ねる。無駄だと分かっていたけど、ここで「はいじゃあさようなら」となってしまうのも気が引けた。もう首を突っ込んでしまった以上、無関係ではないのだ。


「できなくは、ない」


 意外にも、セレスは肯定した。

 否定のニュアンスも混じったような、微妙に含みのある言い方だったけど、まだ希望は残されていたようだった。


「頼む、娘を助けてください……!」


 藁にも縋るようなダリオスさん。もう既に護衛騎士としての威厳は消えてしまっていたけど、娘のためにプライドも捨てて頭を下げる彼の姿は、ちょっと格好良くもあった。

 だけどセレスは、渋い顔をしてその懇願を切り捨てる。


「ルーナを、傷つけようとした。私は、許してない」

「……………………」


 ダリオスさんの口はぴたりと閉ざされた。反論できなかったのだ。

 その表情は絶望と後悔と。


「セレス、お願い。ダリオスさんを助けてあげて」

「ルーナ……」


 自業自得と言われればそれまでだろう。でも、数年以内に最愛の娘を失うかもしれないという十字架を背負った彼にとって、それはあまりにも酷い仕打ちなような気がする。


 だから私は、セレスにお願いした。

 セレスが娘さんをどう助けられるのか知らないけど、そう言っているのなら間違いはないはずだ。

 セレスは嘘を言うタイプではないから、なにか……私たちの知らない方法が本当にあるのだろう。


 あっ……ちなみにセレスは都合が悪い時、嘘はつかないけど、急に黙るタイプの性格をしている。これはこれで、たちが悪い。


「僕からもお願いします!」

「殿下……」


 私に続いて、レオ王子も再び頭を下げた。

 ダリオスさんは、自身の為に頭を下げる彼を、止めるでもなくただ呆然と眺めていた。

 セレスはそんな私たちの様子を眺めて、考えていた。

 しばらくその時間は続いたが、10秒ほど経って、ようやく結論が出る。


「…………………………わかった。特別」

「ありがとう!!」


 セレスは渋々といった感じで了承した。すっごい溜めが長かったね。

 だけどセレスは承諾後も、ちょっと口を尖らせて、ダリオスさんに対して怒っているように見えた。本当に渋々なんだね。

 

 でも私がセレスの胸に飛び込むと、その表情はすぐに穏やかになった。ちょろいヤツめ。

 ……でも私もセレスに頭撫でてもらえるから、実はウィンウィンなんだよね!


「ありがとうございます……!」


 喜ぶ私たちのもとに、感謝の言葉がかけられる。

 そのダリオスさんの声には、少しだけかもしれないけれど、希望が戻りつつあった。



 日も落ち、すでに空は薄暗い藍色に染まっている。

 そんな暮れ。私たち一行は、ダリオスさんのお家まで来た。

 領主邸と比べたら見劣りするけど、普通の家に比べたら随分大きかった。これは邸宅と呼んでいいレベルだ。


 あっ、ちなみにだけど、レオ王子にはさすがに帰ってもらった。

 こんな時間に、こんなとこに、王子様が来るわけにはいかないからね。

 ……僕も行きます! ってかなり抵抗してたけど。


 だから今いるのは、私とセレスと隊長さんとダリオスさん。この4人だ。


「リーゼル……!」


 ある一室、ダリオスさんがその扉を開ける。

 そこにはベッドが隅に置いてあって、女の子が横になっていた。赤いランプの炎が優しく部屋を包み込み、静かな空間が広がっていた。


 でも私は正直たじろいだ。

 ――薬の匂いが、むわっと突き刺さってきたからだ。

 ダリオスさんやレオ王子からした薬品の匂いというのは、この娘さんの治療薬の匂いだったようだ。

 体にも部屋にも染み付くくらいだ。それほどまでに長い期間、病気と戦ってきたのだろう。


 やっぱり、この匂いは未だトラウマだけど……我慢だ。もう犯人の正体も分かったし、恐れるものではない。すーはーと深呼吸して、高ぶる気持ちを落ち着ける。

 実際、そうやって耐えていると、いつの間にか鼻が慣れてしまったようだ。全くといっていいほど、匂いは気にならなくなった。不思議だね。


「お父さん……だれ……?」


 娘さん――リーゼルは、私たちを少し不思議そうに見た。

 その声は、酷く弱々しかった。既に消えかかった蝋燭のように、か細く揺らいでいる。

 なんというか、リーゼルはうつらうつらしていた。体力が無いのだろう。

 それに、見える肌はどこも血色が悪く、青白くなってしまっている。だが一方で、顔には桃色の斑点がぽつぽつと無数に浮かんでいる。


 もう、ザ・病気って感じ。

 見ている私まで胸が痛くなるほど、リーゼルの表情は苦しそうだった。


「リーゼル、安心しろ……パパのお友達だ」


 ダリオスさんはそのまま額に唇を落とした。

 そんな優しい言葉を掛けられて、リーゼルはゆっくりと目を細めた。




「友達……? 友達、違う」

「セレス、ややこしくなるから黙ってて!」


 そんな一連のやりとりを見て、なぜかキレるセレス。

 もう! ややこしくなるから、一々目くじら立てないでよ!

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