58.ウロコ
「なんで私が必要なの?」
私がそう尋ねると、ダリオスさんはありのまますべてを自白した。
「――私には娘がおります」
ダリオスさんが私を誘拐した理由はこうだ。
彼には8歳になる娘がいる。彼女は2年ほど前から病に侵され、まともに外へでることすらできなくなった。みるみるうちにやせ細り、生気がなくなっていく。
――10歳まで生きられるかどうかも分からない。
王宮でも有名な治療師に診てもらった際に言われた言葉がそれだ。つまり、手詰まりだった。
最愛の娘を失うかもしれない恐怖、そして絶望。刻々と進行していく病魔に怯えながら過ごす日々が続いていた。
だがそんな中、ある噂を耳にした。
――ドラゴンのウロコをすり潰して飲めば、
そこで現れたのが私だったというわけだ。
彼は私のことを聞きつけると、第8隊に対して何度も手紙を送った。私のウロコを娘さんに飲ませるために。
しかし、それは隊長さんによって全て断られ、その願いは叶わずにいた。
その折、飛び込んできた私の王都訪問。ダリオスさんは、またとない機会に全てを賭けた。
初めは穏便な方法だった。護衛騎士の立場を使って、面会を要求するというだけの。だがこれも、またもや隊長さんによって面会を全て断られる。
あらゆる手段を尽くした彼は、今度は職を失うかもしれないというリスクを負って、私を攫おうとする計画を立てた。残された方法はこれしかなかったのだ。
……が、私の抵抗によってそれも失敗。隊長さんの迅速な捜査によって、事件の顛末も露呈し、万事休すだった。
こうして今に至るというわけだ。
「それは、あまりにも身勝手だな」
「ああ、その通りだ……」
隊長さんは顔をしかめ、強く軽蔑するような目でダリオスさんを見た。
それは……まったくもってその通りだった。
いくら娘さんが苦しんでいるからって、いくらそれしか方法がないからって……私を誘拐して良い理由には到底なり得ない。とても王子の護衛騎士だとは思えない、短絡的な発想としか思えないよ。
そんな中レオ王子は、勢いよくその頭を下げ、私たちに謝罪した。
「僕からも謝罪します!」
「で、殿下、頭をお上げください! これは私一人が計画し実行したものであって……殿下には一切関係のないことでございます!」
「臣下の過ちは、僕の過ちでもある……申し訳ありませんでした」
ダリオスさんはそれを止めようとした。
だが王子は頑なにその頭を上げなかった。
「話は終わりだ。処分は追って伝えられるだろう」
隊長さんはそんな二人を一瞥すると、ソファーから徐ろに立ち上がった。そして、私を抱え直すと、扉の方へと歩き出した。
「まって」
――私には1つだけ、やり残したことがある。
私は隊長さんの腕からするりと抜け出すと、ソファーの上にジャンプでぽよんと着地した。
えっ、これ……ちょっとトランポリンみたいで楽しいな……。
……はっ、そんなことしてる場合じゃない!
首をぶるぶる振って邪念を取り払った私は、そこからローテーブルの上に飛び移り、ダリオスさんの前に座る。
困惑した様子の彼に対して、私はどんと胸を張って言う。
「ウロコ、あげるよ」
ふふ、私は善きドラゴンなのである!
ウロコの1枚や2枚くらい、この私が譲って差し上げましょう。
……正直、ダリオスさんの気持ちもわかるのだ。
すでにダリオスさんの瞳からは、光が消え失せている。2年も大切な人が苦しんでいるなんて、とても耐えられる状況ではなかっただろう。
施しをしようなんて思ってない。これは私の同情心から生まれた、ただのおせっかいなのだ。
「……ほ、本当ですか!」
ダリオスさんはそんな大きな声を上げた。前のめりになり、私のもとへと顔を近づけてくる。
あまりにもその迫力が凄くて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ言い出したことを後悔していると……それを見かねたセレスが助けてくれた。
「近い、離れて」
私に近づきすぎたダリオスさんは、セレスによって胸ぐらを掴まれ、ソファーに投げ飛ばされた。
おおよそ女の子から出されたとは思えないパワーで、自身より一回りも二回りも大きい彼の体が浮き上がったのだ。落下した先がソファーだったから怪我はなかったけども、……流石にやりすぎだ。
……っていうか、セレス……力つよ。
こわいよ。
そんなセレスの馬鹿力に驚愕しつつも、どうしても私のウロコが欲しいダリオスさんだったが――その希望はすぐに打ち砕かれた。
「ウロコを食べても、何も起きない。ただの噂」
セレスはきっぱりと言った。
それは、冗談でもなんでもなかった。
……そう、この話は所詮ウワサ。つまりは、ただのデマだったというわけだ。
私のウロコに、病を治す力なんてそもそもなかった。だから、飲み込んでもなにも起きない。無駄足だったのだ。
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