57.初対面だよね?
護衛騎士。その名の通り、特定の人物に専門で仕える騎士のこと。
王族やその他の一部の人間にのみ用意される、特別な役割だ。もちろんレオ王子もその対象である。
彼らは主に王城警備を担う第1騎士隊から登用される。そもそもの第1隊が狭き門な上、そこから更にごくわずかしか選ばれない。エリート中のエリートだけがなれる、誰しもが憧れるような職業である。
……というのが、ルルちゃんから聞いた話。
そんな人がこんな事件を起こすなんて、にわかには信じがたいけれど。
レオ王子に連れられて、私たち一行は宮殿へと向かう。
さっき来たばっかりだけど、やっぱり何度見ても凄い建物だ。離宮も十分広くて豪華だったけど、比にならないくらいでっかい。端から端まで走ったら、何分かかるんだろう。
そうして城の中へ正面から入ったところで、早くもお目当ての人物が姿を表したようだった。
「ダリオス!」
「殿下、どちらへ行かれていたのですか! 突然いなくなられたと聞き――」
茶髪の人の良さそうな男。その服装は、王宮内で見かけた第1騎士隊のものとも似ているが、黒を基調とした重々しい見た目だ。ひと目見て、立場が違うことが分かる。
この男こそ、レオ王子の護衛騎士・ダリオスだった。
そんな彼は、慌てたようにレオ王子のもとへと駆け寄り、突如いなくなったことを叱りつけた。
……だがその途中、彼は驚いたように目をみはり、言葉を途中で打ち切る。その視線が私に向けられていることは、その場にいる誰もが分かっていた。
「ウェルナー、ここで何を」
「お前に話がある」
隊長さんとダリオスさんはどうやら知り合いのようだ。役職ではなく、下の名前で呼ぶ辺り、それなりに見知った仲なのだろう。
そんなやり取りを経て、私たちはとある一室へと案内される。
そこは談話室のような、テーブルとソファーが置いてあるだけの空間。とはいっても、なんてことない調度品すら無駄に装飾が施してあって、やっぱり王城って凄いんだなって改めて思った。
隊長さんは私を抱えたままぼふっとソファーに腰掛け、ダリオスさんに向かい合う。
「お前はもう気付いているのだろう?」
その言い方は、かなり確信を持ったような雰囲気だった。気迫のある語勢にわずかにたじろいだダリオスさんだったが、彼は居住まいを正すと、ただ漫然と答えた。
「なんのことだか」
「そうか」
あくまでもダリオスさんは白を切るようだ。
だがそんな彼に対して、隊長さんは突然話を切り出した。
「第2騎士隊管轄の保管庫から、とある魔導具を1つ紛失したとの報告を受けた」
「それが……どうかしたのか。大量にある備品の1つや2つ無くなるなんて、それほど珍しいことではないだろう」
そう言って、隊長さんはポケットからあるものを取り出す。
「これが何か分かるな?」
ローテーブルにカタッと置かれたのは、小さな石。白い布に包まれていたそれは、真っ赤に燃えるような鮮やかな赤色をしていて、綺麗だった。ルビーにも似ているけど、もうちょっと透明感があるような感じ?
私にはそれがなんなのか分からなかったけど、ふとダリオスさんを見ると、その目が不自然に揺らいでいることに気がついた。
「グラセライトだ、それも高品質の」
私はその言葉に聞き覚えがあった。
隊長さんが、さっきレオ王子にも言ってた「ぐらなんちゃら」だ。それって、こんなキレイな石だったんだね。
「これが用いられている魔導具は、上級保管室で管理されている。そこでは入退室記録の記帳と退室時の手荷物検査が義務付けられている。
……だが慣例上、一定の身分の者には退室時の検査が省略されることがある」
隊長さんは、ダリオスさんに対して咎めるような目つきで睨みつけた。
「紛失が判明するまでの期間、手荷物検査を行わなかったのはお前だけだ、ダリオス」
ダリオスさんは、その言葉に反論するでもなく、ただ黙りこくっていた。
その様子を見かねたレオ王子が、勇気を振り絞ったように尋ねる。
「ダリオス、君なの? この子を誘拐しようとしたのは……?」
レオ王子の声は震えていた。悲しいような、嘆くような、そんな声。そのどこかにはダリオスさんを信じようとする気持ちも含まれていて、なんだか聞いているこっちまで胸が痛くなってきた。
一方のダリオスさんは、「殿下……」とだけゆっくりと呟いて、その答えが返ってくることはなかった。
しばし部屋の中に無言の時間が生まれ、なんだが私は気まずくなる。
……しかしその沈黙を破ったのは、他でもないダリオスさん自身だった。
「申し訳ございません」
彼の口から飛び出したのは、謝罪の言葉だった。
その体は私に向けられており、罪を認めることと同義だった。
……まあ、私は既に気付いていたんだけどね。
ダリオスさんの体からは、ずっと誘拐犯と同じ薬品の匂いが漂っていた。しかも、レオ王子よりも、より強く匂う。
「なんで、こんなことしたの?」
私はダリオスさんに問いかける。
彼は重たい口を開いたかと思えば、悲痛な顔で私に告げた。
「あなたが……必要だったからです。信じてもらえないかも知れませんが、傷つけるつもりはありませんでした」
私が、必要?
どういうことなのか分からず、思わず私は首をかしげた。
えっと……私たち、初対面だよね?
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