56.王家(4)

 バタバタとしていた部屋は、一瞬で静かになった。

 そんな中、レオ王子は私の言葉を聞いて、目をパチパチとさせていた。


「僕には、なんのことだか……」


 いまいち状況が分かっていなさそうなレオ王子。

 その表情はどちらかというと「困惑」に近く、本当に何も知らないんだろうな、と思った。

 隊長さんはそれを察してか、レオ王子に誘拐未遂事件の詳細を話す。


「昨日、城下でルーナが誘拐されそうになりました。一時犯人に捕まってしまいましたが、幸いなことに、彼女は自力で脱出し事なきを得ました」


 「そうなんですか……」と小さな声で答えるレオ王子。

 隊長さんは続ける。


「生憎、犯人は取り逃し、現在大規模な捜査を進めているのですが……実は現場に犯人の遺留品が残されていましてね。それを調査したところ、グラセライト鉱が見つかりました。

 ……王宮にしか納入されない高品質なものだと」


 これについては私は知らなかった。

 ぐらせ……らいと? が何かはよくわかんないけど、どうやらかなり良いモノを落としていったようだ。

 一通り説明を終えた隊長さんは、続けるようにレオ王子に問いかける。


「ところで先程、ルーナが殿下を怖がった理由はご存知ですか?」


 聞かれた王子は、黙って首を横に二回振った。

 それはそうだ。これは、隊長さんとセレスにしか言っていない話。王子からすれば、私が突然パニックを起こしたように見えたことだろう。

 隊長さんは、そんな私が逃げ出した理由を代弁する形で王子に伝える。


「”あなたから犯人の匂いがした”と言っていましたよ」

「そんな、僕が……!?」


 レオ王子は、大きく目を見開いて驚いていた。

 それはまるで雷にでも撃たれたかのようだった。


 でもこれは嘘なんかではない。

 ……いや、ちょっと私の感覚頼りすぎるような気もするけど……でも、あの特徴的な薬品の匂いははっきりと覚えている。ずっと鼻にこびりついているのだ。

 レオ王子からは、本当にちょっぴりだけど、確実にその匂いがした。それに関しては違えることのない事実だ。


 そんな疑いをかけられ、はじめあたふたとしていた王子だったけど、少し経って気持ちが落ち着いたみたいだ。

 そして、意を決した王子ははっきりとした口調で言った。


「……僕は、誓ってそんなことはしていません。指示をしたこともありません」

「そうですか」


 私はじっとその目を見つめた。

 ――透き通った穏やかな青色だった。


 レオ王子の言葉の真偽はわからない。

 けど、私には嘘をついているようには見えない、かなぁ……。

 そもそも、王子と犯人は体格が大きく違うから、実行犯説は初めから無い。残すは計画犯説だけど、私には王子がそんなことを考える人には見えなかった。


 だが隊長さんからしてみれば、その言葉すらも想定内だったようだ。

 隊長さんは続けて、事件の話を進める。


「――実のところ、犯人は大方検討がついていましてね」

「えっ、そうなの!?」


 ……もう分かってるの!?

 私の尻尾がぴょこんと跳ねた。


 考えてみれば、まだ事が起きて丸一日くらいしか経っていない。

 その上、犯人の顔もよく分かっていない。

 残ったのは、グラなんちゃらって手がかりだけだ。

 それなのに、よく見つけられたね……。流石は隊長さんだ。


 隊長さんは、そんな私を誘拐しようとした容疑者の名前を、ゆっくりと告げる。


「殿下の護衛騎士、ダリオスだ」

「だっ、ダリオスが!?」


 レオ王子はまたしても驚愕していた。本日二度目。

 隊長さんが告げた容疑者であるダリオスという男は、レオ王子の護衛騎士であるらしい。なんでも、王子が幼い頃――今も十分若いけれども――からの付き合いで、物心ついた頃から約10年にも渡ってずっと仕えているのだとか。曰く、忠義に厚く、かつ正義感に溢れる男だと。


 そんな彼が誘拐事件を起こすなんて、と王子は言いたげな様子だった。まったく信じられないようで、繰り返し隊長さんに「本当なんですか!?」と問いかけている。

 だが隊長さんの方も、確固たる自信があるようで、王子に対して強い語気で肯定していた。


「でしたら! ダリオスのところに行きましょう!」


 レオ王子は大きな声でそう宣言した。

 それはダリオスのことを信用しているような言い方であったし、一方で彼に対して失望を抱きつつあるような言い方でもあった。

 隊長さんは「構いません」と王子に言うと、2人で部屋を立ち去ろうとしていた。


「まって、私も行く」


 私は隊長さんのところへ走った。足元でぴょこぴょこと飛び跳ねて、連れて行ってアピールを行使する。

 隊長さんは困ったように私を見ると、横に首を振って、


「ダメだ」


 ただそう言った。でも……そんなことは分かってる。

 私はむーと口をとがらせた。


 私はこの目で、私を攫おうとした犯人の顔を見たい。


 そして、ダリオスって人が仮に犯人だったとして、王子が言うような正義感溢れる性格ならば、私を誘拐しようなんて思わないはずだ。それでも実行に移したのは、おそらく相応の大きな理由があるからだろう。それを、私は知りたいのだ。


「隊長さんとセレスが守ってくれるから、だいじょーぶ。ね?」


 私は横に立っていたセレスの顔を見た。

 セレスは私と目が合うと、ぽんと自分の胸をたたき「まかせて」といった。その音は凄く頼りない音だったけど、……でもセレスの正体はドラゴンだからね!

 そんじょそこらの人に負けないくらい強いのは知ってる。


 それに私も万一の時には、自衛でブレスも吐けるしね!

 最近はコントロールもかなり上達したし、結構自信があるのだよ。


「……分かった」


 最終的に折れた隊長さんは、不承不承といった様子で私の同行を許可するのだった。

 ありがとう、隊長さん。

 王都に来てから、隊長さんの目の下のクマが日に日に濃くなっているのは、決して私のワガママの所為じゃない……と願いたい。

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