55.王家(3)
それからしばらくして、私とセレスは部屋に戻った。
外へ遊びに行く気分にもなれず、かといって、じっとしているのも何だか違う気がして、結局部屋の中でアイラと遊ぶことにした。
砦で過ごしているときと何ら変わらないけど、これはこれで悪くない過ごし方だ。
はじめはおしゃべりをしていたけど、今はアイラに本の読み聞かせをしてもらっている。
ちなみに内容は、勇者が強大な敵に立ち向かうという超王道の英雄譚。王都に来る前からちょっとずつ読んでもらってたやつで、もうすぐクライマックスだ。
最後の敵である魔王との直接対決の直前。一番アツくなるところだ!
「――長い長い戦いの末、勇者は死にました。おしまい」
「えっ」
唐突な結末に、私は驚きの声をあげる。
……えっ、勇者死んじゃったよ!?
そんな打ち切りみたいな終わり方なの?
思いもよらぬバッドエンドで、私は文字通りひっくり返った。
「ルーナ、人の命は儚い」
セレスがそんなことを言ってきたけど、そういう話じゃないと思うな……。
一番この中で儚いのは、私のワクワクしていた心だと思う。返してほしい。
そんなモヤモヤする終わり方に悶々としていると、ふと扉の外からバタバタと騒音が聞こえた。
「なによ……?」
アイラが怪訝な顔をしながら、ドアの方へと向かう。
ガチャリと扉を開け、外の様子を確認しようとすると、そのバタバタという音はより一層大きくなった。
「いけません殿下!」
「お待ち下さい!」
それは騎士の声だった。
誰かを引き止めるような声に、ただならない雰囲気を感じたが――やがて、その怒号を向けられていた当人が現れる。
「レ、オ……王子……!」
それは他でもないレオ王子だった。やや乱れた服装から、ここに来るまでに一悶着あったことが窺える。
私と王子との間に挟まったアイラは、驚愕した様子で「王子!?」と私と彼を交互に見ていた。
そんなレオ王子は、その可愛らしい顔に見合わない、非常に切迫したような表情で私を見つめた。
そして、名前を呼びながら私にゆっくりと近づこうとしていた。
「ルーナ様!」
私は数時間前のトラウマを思い起こし、思わず後ずさる。
騎士たちも止めようとしてくれているが、相手が王子なので、どうにも完全には制止できないでいるようだ。
アイラも遠くにいて、助けもなければ隠れる場所もない私は、諦めからか思わず目を瞑った。
お願い、こないでっ……!
そして数秒後。目を開くとそこには、セレスが立ちふさがっていた。
「近づくな、人間」
私を守るように両手を広げたセレスの後ろ姿に、私は深く安堵した。
セレスの重たい声にレオ王子は、自分のした行動の浅慮さにようやく気がついたのか、ハッとしたような表情を浮かべて、ゆっくりと私から離れた。これによって王子との一定の距離が確保され、私の体から少しだけ緊張がほぐれた。
「すみ、ません……」
視線を背け、つまるような謝罪をするレオ王子。
何かを抱えたような重たい表情に、私は思わず息を呑んだ。
「――何をしている?」
そんな時、レオ王子の背後から更に聞こえてきたのは、よく見知った隊長さんの声だった。
隊長さんはレオ王子を見るやいなや、彼に対して鋭く尋ねた。言葉遣いは丁寧だったものの、そのトーンはとても厳しいもので、決して王族に対しての礼節を弁えているようには聞こえなかった。
その様子に私は少し焦ったけど、レオ王子はそんなことは気にしない様子で、隊長さんの方へ向き直った。
「殿下、ここには立ち入らないという約束だった筈ですが?」
「も、申し訳、ございません……ですがっ」
レオ王子は素直に謝罪を述べた後、さらに何かを言おうとしたが、
「ルーナが怖がっています。王宮の方にお戻りください」
その途中でバッサリと言葉を重ねた。
その剣幕に思わず口を噤んだレオ王子。彼は諦めたようにすごすごと部屋から立ち去ろうとしていた。何か言いたげだったのは、誰の目からも明らかだった。
だから私はその後ろ姿を見て、思わず叫んだ。
「隊長さん、話だけでも!」
レオ王子は、私になにかを伝えようとしている。
もちろん、私はレオ王子のことがまだ怖いけれど、一方で悪い人じゃなさそうだとも思う。
だからせめて、話を聞いてあげるだけでも。
そのくらいなら、別に出来ると思うんだ……!
「……分かった」
隊長さんは渋々といった様子で、レオ王子に道を開けた。
彼は先程とあまり変わらない、緊張した面持ちで私に正対する。
「ルーナ様、僕は――」
「ちょっと待って!」
レオ王子は相変わらず私と距離を詰めようとしたので、それを大声で制止する。
またぴくりと体を震わせた王子。私は彼に対して、一つ質問を投げかける。
「昨日、私のこと誘拐しようとした?」
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