54.王家(2)

 私は隊長さんの膝からぴょんと飛び降りた。

 そして、机の下を通過して、王子と王女のもとへと駆け寄る。


 ……実は、さっきこの3人の名前を聞いた。

 一番左に座るのが、ライン第一王子。そしてその隣が次女のアリシア第一王女。夫妻を挟んだ反対側に座るのが、レオ第二王子だ。


 そんな私はアリシア王女の前で座った。おすわりの姿勢のまま、見上げるようにその顔を見つめる。

 彼女は王族というだけあって、それに見合う上品な雰囲気を纏っていた。ふんわりとした金色の髪はとてもサラサラしていて、どんなシャンプーを使っているのか気になるところだ。

 凛とした表情をしていたけど、どこかあどけなさが残っていてとても可愛らしい。


「ルーナちゃん、こんにちは!」


 アリシア王女は私に挨拶をした。もちろん、椅子に座っている彼女と地べたに座る私では、顔の高さが全然違うのだけれど、彼女はかがむように私に向かい合い、なるべくその高低差を埋めようとしてくれていた。


「持ち上げても大丈夫?」


 そう確認した彼女に対して、私はこくりと頷いた。

 彼女はその返答を見るやいなや、私の両脇に手を入れて優しく持ち上げた。だらんと垂れる私の下半身。身を任せた私は、王女の膝の上にすとんと収まった。


「かわいい……」


 王女はそんな声を漏らしていた。ふふん、そうでしょうとも!

 褒められて嬉しくなった私は、ぷるぷると尻尾を振りながら、なでなでの手を甘んじて受け入れる。


「アリシア、俺もいいか……?」


 隣に座っていたライン王子が、私たちの様を見てそう小さな声で尋ねた。

 ライン王子は長男なだけあって、一番大人っぽい印象だった。整った鼻筋に、長い睫毛、そしてキリリとした表情からは高貴さを感じさせる。素直に格好良いイケメンだと思うんだけど……ぴくぴくとその頬が震えているのを私は見逃さなかった。


「私じゃなくてルーナちゃんに聞くのよ」

「……確かにそうだな。ルーナ殿、少し触っても構わないか?」


 なんだかその呼ばれ方はむず痒いけど、別に断る理由はないのでうんと頷く。

 すると、彼は私にそっと触れた。おそるおそる「ぴとっ」と触る感じだった。だがやはり一度触ると抵抗感がなくなったのか、次にはアリシア王女と同様にさわさわと撫でるようになった。


「ぼ、僕もいいかな」


 そうしてやってきたのはレオ第二王子だった。彼はそんな声をあげると、私のところへとゆっくり近づいてきた。

 ライン王子に比べると、年齢も身長も一回り小さくて、まだまだ幼い印象が残る。恥ずかしがり屋なのか、やや緊張した面持ちで私をじっと見つめている。

 とても優しそうだけど、ちょっと臆病そう――そんな雰囲気だった。


 私はそんなレオ王子を微笑ましく眺めながら、だらりと膝の上で転がった。

 好きにしていいよのポーズだ。なんてったって私は優しいからね!


 そんな私を見たレオ王子は、徐ろに私を撫でようと手を伸ばす。




「――!?」


 だが、彼の手が私に触れる直前。

 ふと感じた違和感に、私は体をびくりと震わせた。


 怖くなった私は、少しパニックになりながらアリシア王女の膝から飛び降りる。

 そして隊長さんのもとへと一直線で走った。


「あっ、待って!」


 そんな声が後ろから聞こえたけど、私は振り返らなかった。

 机の下をくぐり、遠くに見える隊長さんの席を目指す。


「やっ……隊長、さんっ!」


 バクバクとする心臓の鼓動を感じながら、私は必死に隊長さんの足に捕まる。焦りからか、私の口から出るのは言葉ですらない言葉ばかりだった。

 すると隊長さんは私のことを優しく抱き上げると、私の頭を優しく一定のリズムで撫でて、落ち着かせようとしてくれた。


「大丈夫か、何があった?」


 声のトーン自体は静かで優しかったけど、その語気は強かった。

 私はゆっくりと気持ちを落ち着かせながら、隊長さんに事情を説明する。それは小さな声だったから、反対側にいる王家の人たちには聞こえていないはずだ。


「き、昨日の犯人とおんなじ匂いがした」


 ――私が感じた違和感というのは、匂いだった。


 レオ王子が近づいた瞬間、漂ってきたのは薬品の匂い。鼻に刺さるような刺激的なもので、自然界には存在しないような人工的な香りだった。

 ただそれ自体は別に不快な匂いというわけではないし、レオ王子に染み付いた匂いの量もかなり微弱なものだった。それを感じられたのは、私の鼻が人よりも少し良いからだろう。


 ……だが問題なのは、それが昨日の誘拐未遂事件の犯人と全く同じ匂いだったこと。

 鼻に入った瞬間、忘れかけていた記憶が一気に思い起こされる。連れ去られる瞬間、その犯人から感じた匂いだ。


「……そうか」


 隊長さんは一言だけ呟くと、そのまま席から私を抱えたまま立ち上がった。


「申し訳ありませんが、体調が優れないようなので失礼します。……セレス、行くぞ」


 キッパリと言い残し、私たち3人は迎賓室を後にした。

 ドアが閉まる瞬間、後ろからはレオ王子の呼び止めるような声が聞こえていたけど、隊長さんは聞こえないフリをしてそのまま立ち去った。

 私の体調が優れないというのも、適当な理由付けだ。まあ大きくは間違っていないのだけれど。


 あの時のトラウマが思い起こされたのと、面会を台無しにしてしまった罪悪感と。

 私の気持ちはずんと沈んでいた。そんな私を隊長さんとセレスは、優しく慰めてくれていた。

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