53.王家(1)
「緊張する~……」
「俺が一緒にいるから安心しろ」
私の消え入るような弱音に、隊長さんは優しくともキッパリとした声で言った。
大きな扉の前。その横には2人の騎士が静かに立っている。彼らは砦の騎士たちとは違って、豪華な意匠の施された王城仕様の制服を着用していた。無骨で大雑把な感じな第8隊とは違って、王城の中に相応しい小綺麗な格好だ。
……で、この扉を挟んだ向こう側に、王様がいるんだよね。
「二人とも、無理に話す必要はない。礼節も気にするな、いつも通りで大丈夫だ」
横に並んだセレスがこくりと頷く。
隊長さんはそう言ってるけど、……私はやっぱりドキドキしてきた。
今の私は、人化魔法を解除したドラゴンの姿だった。
一応、隊長さんがドレスも用意してくれてたけど、少し着るのが恥ずかしくて、この姿で行くことになった。
第8隊の騎士に見せるだけなら、まだ我慢できたかも知れないけど……いや、それも何だかからかわれそうで嫌だな……。
どちらにせよ、しばらく日の目を見ることはなさそうだ。ごめんね!
私は隊長さんに抱っこされたまま、ゆっくりと開かれた扉をくぐった。隊長さんは軽く礼をとり、そのままゆっくりと前へ進んでいく。
中はそれなりに広くて、迎賓室のような感じだ。
中央には落ち着いた色のでっかいテーブルが置いてあって、見た目は地味そうなのに細部に施された様々な装飾が派手だ。
そしてそのテーブルを挟んだ向こう側。
そこには、黒っぽい品のある衣装で身を包んだ人たちが座っていた。
金髪碧眼で穏やかな表情の夫婦に、その二人を挟む形の子供たち。子供とはいっても、私とおんなじ――高校生かそのくらいの年代だろうか。
でも一つ分かることは、この人たちが確実に王族であるということ。ひと目見て理解した。
彼らは、私たちのことを優しい視線で見つめると、私たちに席につくよう促した。
ふかふかそうな椅子に腰掛ける隊長さんとセレス。私は相変わらず隊長さんの膝の上だ。
「初めまして」
そう言ったのは、真ん中に座る国王だった。
目が合った私は、こくりと頷くようにちいさなお辞儀をしておいた。
彼は私のことを興味深そうにじっと覗き込むと、少し困ったように言った。
「……緊張しているのかな?」
「そのようです、陛下」
隊長さんが代わりに答える。
すると、王家の人たちから笑い声が聞こえた。馬鹿にされている感じはなくて、微笑ましいといった感じだ。
やや緊張した雰囲気の部屋が、一気にまったりとした空気になった。
その空気に後押しされた私は、軽く深呼吸をして落ち着いたのち、自己紹介をすることにした。
「る、ルーナです……よろしくおねがいします」
「おお、噂には聞いていたが、言葉が話せるのか……! とても可愛らしい声だ」
「……えへへ」
可愛い声って言われて照れちゃったよ。
「こちらはセレス……現在は魔法で人の形を取っていますが、彼女もドラゴンです」
「ほう、そんなことも可能なのか……」
隊長さんは、私に続いてセレスを紹介した。
王家の皆さんは興味深そうにセレスの姿を観察していた。確かに、いきなりドラゴンだって言われても信じられないよね。傍から見れば、ただの無愛想な女の子だもん。
そんなこんなで私たちの方の自己紹介が終わると、国王が徐ろに立ち上がる。
そして彼は、事前に用意していたであろう物を近くにいた侍従から受け取った。
「……陛下、餌付けですか?」
「人聞きが悪いなぁ。風の便りで、お菓子が好きだと聞いてね」
国王は敢えて自らの手で、私とセレスの前にお皿を置いた。
「アップルパイだ……!!」
「御名答。これは私からのプレゼントだ」
つやつやに光る網目状のパイ生地。その切れ目からは、お宝のようにキラキラと輝くリンゴと、ほんのちょっぴりのカスタードが見え隠れする。バターとシナモンのほのかな香りが、私の食欲を刺激すると同時に緊張を解きほぐす。どこまでも自然で柔らかな香りだった。
……見て分かる、おいしいやつ!
私は目の前に置かれたパイによだれを垂らしながら、私の近くに歩み寄った国王の顔を仰ぎ見る。すると、彼は優しそうに目を細めた。
「召し上がれ」
「わーい、ありがとう!」
さっきとはうってかわって、私は大きな声で喜んだ。……ちょろいとか言うな。
隊長さんに細かく切ってもらったアップルパイをあーんしてもらい、その味と香りに舌鼓を打つ。
……めちゃくちゃおいしい。
生地はサクサク、リンゴはシャキシャキ。甘みと酸味のハーモニーが素晴らしい。今まで食べたアップルパイの中で、最上位クラスでおいしい。
ちなみに、セレスは何も喋らず黙々とアップルパイを食べていたけれど、あの食べるスピードから察するに……だいぶ気に入ってるみたいだね。
あまりにも美味しくてふふふんと鼻歌を歌っていたら、ふと頭に優しい感触があった。でもそれは隊長さんのゴツゴツとした手とは違って、柔らかくて、かつちょっと遠慮がちな触り方だった。
私はいつもの勘から、その目的を察した。
……それが目当てですか、国王陛下。私に触れたいからって、お菓子を用意するなんて。
国王は私の頭を恐る恐るといった体でさわさわすると、その感触に驚いていた。何がいいのか私にはよくわからないけど、砦の騎士曰く「スベスベしてて気持ちいい」らしい。
「ルーナ、嫌なら遠慮せずに言うんだぞ」
隊長さんがフォークを私の口に運びながらそう言った。私は一応「うん」とだけ答えておく。
確かに、私はあんまり知らない人に体を触らせることはない。だけど……まあアップルパイとの交換と考えれば、いくらでも触らせてあげますよ。
なんてったって、アップルパイだしね!
そうこうしているうちに、すべて平らげてしまった。
空になってしまったお皿を見て、ちょっと悲しい気分になってしまったが、国王の「明日の朝食のデザートになにか用意しよう」という言葉で私は元気を取り戻した。
――そんなやりとりの中、テーブルを挟んだ向こう側から抗議の声が聞こえることに気がついた。
「父上だけズルいですよ」
「私もルーナちゃんに触ってみたいです」
「僕もです」
そこには2人の王子と1人の王女。彼らは、私と国王を羨ましそうに見つめていて……今にも椅子から立ち上がりそうな感じだった。
「悪いね。この子たちにも、少し触らせてあげてくれないか?」
国王は、少し申し訳無さそうに言った。
その申し出を聞いた隊長さんは、私に対して確認するように尋ねる。
「ルーナ、どうだ?」
「大丈夫だよ!」
私は元気よく答えた。……ふふ、お菓子をくれる心優しい王様の願いなら、少しばかり聞いてあげようかしら。
その代わりと言ってはなんですが、明日の朝は、甘いクリーム系のお菓子を所望します!
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