52.ボール遊び
「わー、楽しい~!!!」
ここは離宮の前の庭園。
ライルを呼んで始まったサッカーもどきのボール遊び。ただボールを蹴ったり、ドリブルしたりするだけだけど、案外楽しい。
ふふ、今まではこんなことできなかったからね。人化魔法の良い所だ。
ここの庭はとても広くて、軽く遊ぶくらいなら十分な広さだった。隊長さんも、庭園内だったら自由に歩いてもいいって言ってた(もちろん、誰か付き添いはいるんだけどね)。
で、最初は私とライルだけだったのに、一人、また一人と騎士たちが参加してきて、最終的にはフットサルくらいなら出来るくらいの人数になっていた。仕事を忘れてボール遊びに興じる姿は、なんだかいつも通りの砦での光景を思い出す。
やっぱり、いっぱい人がいた方が楽しいね!
明日にはフットサル大会でも開いちゃおうかな?
「元気になった……みたいだな?」
「うん?」
試合の合間、ベンチに腰掛けて休憩していると、隣にライルが座る。
私は首を傾げて、その言葉に聞き返す。
「みんな、お前のことを心配してたんだぞ? だからこんなにも人が集まったんだ」
「私を?」
そういえば……昨日は嫌な事件があったんだった。
私がまさか誘拐されるなんて、夢にも思わなかった。その時は逃げ出すことに夢中だったけど、全てが終わってからは一気に怖くなった。……部屋に戻ってから最初の方は、恐怖で震えが止まらなかったよ。
だけど、たくさんの人が来て、励まされて、元気が出たのは覚えている。……それからそのまま寝ちゃったんだっけ。
そんな幸せな私は、一晩の睡眠を取ることによって、全てを忘れることに成功した。つまり、今はもう別になんとも思ってない。
怖いといえば怖いけど――それ以上に皆が守ってくれるって信じてる。
「ただサボりたいだけじゃなくて?」
「……それもあるかもな」
私は今ボール遊びに参加していないというのに、一部の騎士は引き続きボールを蹴り続けている。
これは「私の世話をする」という大義名分で、ただサボっているだけじゃないのだろうか。怒られても知らないよ?
「だが、お前を大切に思う気持ちは本当だ」
ぽんぽんと頭を撫でられて、私は気分が良くなった。
でもそれとは同時に、なんだか守られてばっかりの自分に、少しだけ嫌気が差した。
「私もみんなの役に立ちたいんだけどなぁ……」
「馬鹿、子供がそんな気を遣うな」
こっ、子供……!?
見た目はこんななのかもしれないけど、中身はお姉さんだぞ!
「子供じゃないっ!」
「そうだったな、悪い悪い」
再び頭をぽんぽんと撫でられたけど、今度は子供扱いされてるみたいで嫌だった。その手を払いのけるために、私はライルの手を叩こうとしたけど、ひょいと避けられた。悔しい。
むーっと口を尖らせて抗議をしていると、困ったようにライルはまた違った話題を出す。
「なあ、ルーナ。お前今日、王様に会うんだってな」
「えっ、今日、なの?」
初耳の情報だったので、私は驚いてライルの顔を見つめた。
「知らないのか? 夕方だぞ」
「は、はじめて知った……!」
「アイラは、ちゃんと伝えたって言ってんだがな」
えっ、まって。全然記憶にないよ……。
もしかしたら、昨日はとても眠かったし……全然聞いてなかったかも。えっ、これっぽっちも覚えてないんだけど、どうしよう。
いや……でもアイラがそんなときに大事な話をするのが悪いよね。
もうちょっと、頭がしっかりしてるときに言ってくれたら……私は悪くない、はずである。
「まあ、隊長が同席するから心配するな」
「うーん、一気に緊張してきた……」
突然のことで胃がキリキリとしてきた。
この王都にやってきた一番の目的は、王様に会うことである。もちろん、それは承知の上でこの地にいるのだけれど……いきなりそれが今日だと言われると、あんまりにも気持ちの準備ができてない。
だってさ、この国で一番偉い人なんだよ?
隊長さんからは「お前は人ではないのだから気にする必要はない」って言われたけど、そんな簡単に割り切れるもんじゃない。
「まあ気持ちは分かるぞ。俺だって、隊長にすら緊張するんだからな。未だに」
「そうなんだ。あんなに優しいのに」
「ならお前は大丈夫だ。隊長を『優しい』なんて言うのは、この世界中でお前だけだ。……みんな、恐れてるんだからな」
ライルは呆れたように言ったけど、まあ、上司だもんね。訓練のときもちょっと厳しそうだったし、そう思っちゃうのかもね。
私にとっては、あまり表情豊かじゃないけど、心の中はとても優しい人って認識だ。お菓子くれるし。こんな人が怖いわけない。
……と、そんなことを言っていると、ふと背後に気配を感じる。
話をすればなんとやらってやつだ。
「――誰を、恐れていると?」
聞いたことのないとても低い声で、私ですらドキッとしてしまう。
振り向くと、そこでは隊長さんが仁王立ちで私たちの話を盗み聞きしていた。
「げっ、隊長!?」
変な声を出しながら隊長さんを仰ぎ見るライル。別にそこまで悪いことは言ってないし、大丈夫なんじゃないかな……多分。
でもライルは、血の気の引いたような顔をしながら「失礼します!」とだけ言って、そそくさと立ち去ってしまった。
ちなみにだけど、ボール遊びをしていた騎士たちも、流石にサボっているのがバレたくなかったのか、いつの間にか綺麗さっぱりいなくなってしまった。逃げ足が速いな。
そうして結局、残されたのは私と隊長さんの二人だけだった。
「ルーナ、そろそろ昼食だ」
「やった!」
私は隊長さんの足元に近づいた。
すると隊長さんは、軽々と私の体を持ち上げて抱っこしてくれる。持ち方もすごく丁寧なのだ。このまま私を昼食に連れて行ってくれるみたいだ。
こんなに優しい隊長さんが、怖いわけないのにね!
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