51.証拠

 離宮のとある一室。

 第8騎士隊の面々は、その誰もが重々しい表情だった。

 室内には糸が張り詰めたような空気が漂い、今日起きた事件の重大さを痛感していた。


 ドアが開かれ、一人の騎士が入ってくる。

 第8騎士隊と同じ制服を身につけているが、彼の襟章は皆と異なっていた。第3騎士隊――王都やその周辺部をを担当する隊だ。

 そんな彼の登場により騎士たちの間で期待が高まるが、それは幻想となって打ち砕かれた。


「捜索を行いましたが、発見には至りませんでした。これより範囲を広げて――」


 ルーナを襲った謎の人物。第3騎士隊が中心となり、現場周辺を主として捜査が行われたものの、その犯人を発見することはできなかった。

 その結果に落胆する多くの騎士たち。

 一部には声を荒らげる者までいたが、ウェルナーの鋭い眼光によって静まった。




 だがそれは、ルーナを大切に思う気持ちの表れだった。


 唐突に砦にやってきた白銀の竜。

 ドラゴンなのにも関わらず、彼女は余りにも小さくて、全然強くなさそうだったことに騎士たちは皆驚いた。その上、野生を捨てたのかと思うほど無防備。その辺りでルーナが落ちている(昼寝をしている)のは、この砦の風物詩となっていた。

 騎士たちは彼女としばらく共に過ごし、その本質を理解することとなる。


 ルーナは、何も無いところで急に転んだり、大きな虫に絶叫しながら怯えたり。それ自体は構わないのだが……その様を騎士たちが思わず笑うと、ルーナは顔を真っ赤にして「わらうな!」と抗議する(その必死な顔も、また騎士たちにとっては癒やしなのだが)。時々、大人っぽいところも垣間見えるルーナだが、基本はわがままで甘えん坊だ。

 ……要は、手のかかるかわいらしい女の子。


 彼女は、いつしか日々の厳しい訓練と危険な任務に勤しむ彼らの、心の拠り所となっていた。

 無機質な砦での生活に、彼女が彩りを与えたのだ。


 ――だからこそ、許せなかった。ルーナを攫おうとした不届き者を。



「――それで、犯人が使用した魔導具の破片の一部をお持ちしました。よろしければ、お役立てください。……これにて失礼いたします」

「ああ、よろしく頼む」


 第3隊の騎士は、白布に包まれた小さな物体をテーブルに置くと、軽く礼をして部屋から退出した。

 ウェルナーはその布をそっと丁寧に開く。

 すると中には、ところどころ煤汚れた赤色の石の欠片が入っていた。ひと目見て、それが魔導具に使われていた核だとウェルナーは思い至った。


「ルル、何か分かるか?」

「は、はい!」


 第7班――通称”魔道士部隊”の新人騎士、ルルが呼ばれる。

 本来、この遠征には不在のはずの第7班だが、彼女だけは「ルーナやセレスと仲が良い」という理由から、例外的に部隊に参加している。


 ウェルナーがルルを呼んだのは、現時点で部隊唯一の魔道士であるということもあるが、その彼女の秀でた能力を見込んでのことだった。

 はじめは緊張した面持ちのルルだったが、いざ破片を目にすると、食いつくように観察をし始めた。彼女は、先程よりも歯切れの良い口調で得られた情報を伝えていく。


「……術式が丁寧に刻まれています」


 それは、称賛にも取れる言葉だった。それほどまでに、この魔石に刻まれた術式は精巧なものだったのだ。

 それからルルは、体を回転させ見る角度を変える。


「材質はグラセライトですかね。ただ……かなり上質なものです」

「ほう?」


 ウェルナーは、興味を示すように聞き返す。


「通常、グラセライトは赤褐色の鉱物です。ですが、この欠片は真っ赤……魔力を内包できる容量の多い、貴重なものです」

「どのくらい貴重だ?」

「……少なくとも市場に出回ることはありませんね」


 ルルの言葉に、ウェルナーは眉間に皺を寄せた。

 彼は何かに思い至ったようだが、その真意を口にすることはなかった。だが少なくとも、彼も周囲の騎士たちと同様に怒りを感じていることは事実だった。


「少し用事ができた。……お前らは持ち場に戻れ」

「「「はい!」」」


 ウェルナーはそう言い残すと、足早に部屋の外へと向かおうとした。騎士たちはそれを礼で見送る。

 だが扉の前で突如足を止めるウェルナー。

 彼はとある騎士に対して振り返り、指示を下した。


「ルル、そしてライル。ルーナのもとへ行ってやれ」


 それだけ言うと、ウェルナーは立ち去っていった。

 ルーナは今、襲撃されたことによって精神状態が不安定かもしれない。ウェルナーの命令は、それを気遣ってのことだった。

 当の2人の騎士はお互いに顔を見合わせると、すぐに駆け出してルーナのいる部屋に向かった。

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