50.城下町(3)

「…………これは?」

「それは『友情』ですわね」

「これにします!」


 ……決して、選ぶのに疲れたわけではない。決して。

 選ばれた『友情』のブレスレットには、なにやら幾何学的な曲線の模様が入っていた。真鍮製だろうか、少しくすんだ黄金色をしている。

 私がそれを1つ手に取ろうとすると、セレスが横から割り込んで、


「3つ」


 とだけ言って、棚に並んでいた同じブレスレットを3つ全てかっ攫っていった。

 そして彼女は銀貨を一枚ぽんと店員に差し出すと、ほくほくとした表情――厳密には鼻息を荒くしていただけ――で私たちの元へと戻ってきた。


「……いいんですの?」

「私にも?」


 セレスは無言でブレスレットを私とティーナに差し出す。

 戸惑いながらもそれを受け取った私たちは、ブレスレットをぱちっと装着した。お揃いである。


「嬉しいですわ……」


 ティーナがなんだか泣きそうになっていたけど、まあ……私も分かるよ。

 セレスは表情が全く変わらなくて、ジェスチャーだけは騒がしいけど、内心を曝け出すようなことはしない。

 なのに今回は、セレスが自分から買いたいと言った。……選ぶのには関与してなかったけど。

 案外、セレスは色々と気にかけてくれてるんだと思う。

 まだ出会ってそれほどの期間は経っていないから、まだお互いのこと全然知らないけどね。


「大切に致しますわ。ありがとうございます、セレスさん」

「セレス、ありがとう」


 私たちは口々に感謝の言葉を伝える。


「嫌、違う?」

「そんなことないよ」


 私たちの表情を見て勘違いしたセレスが、心配そうに聞いてきたが、それは杞憂だ。

 てっきり自分の分だけを買うと思ってたから、面食らっただけなのだ。

 私は、腕に装着されたブレスレットをじっと眺めながら、店を出た。


 ……案外良いセンスじゃん、私。


「行こっか」


 セレスとティーナを引き連れて、再び散策を再開した。

 屋台でおやつを食べたり、おしゃれな服屋さんで洋服を試着したり。他愛もない話をして、私たちはゆったりとした、けれども凄く濃密な時間を過ごしていた。

 

 そんな風にぶらぶらと歩いていると、ふと、後ろからぞわっとした気配を感じた。直後、渦巻くような風を感じ、その異様さに思わず「なんだ?」と振り向こうとした時、


 ――私の体は宙を浮いた。


 軽々と私は浮き上がるが、直後にそれが誰かに抱えられているためだったと気づく。

 私は、謎の人物に連れ去られようとしていたのだ。誘拐だ……!


「なっ……!!」


 お腹の部分を腕で巻きつけるようにして、その人物は私を拘束していた。私は体重が軽いとはいっても、そこそこの重さはあるはず……なのに、その人物は軽やかな足取りで、抱えたまま走って逃げようとしていた。

 その人物は真っ黒なローブを深々と被っていて、その顔貌は全く見えなかった。

 十数メートルほど、わずかに走り抜けたところで、目の前にはざざっと騎士が現れた。


「隊長さんっ! アイラっ!!」

「……止まれ」


 私をずっと見守ってくれていた騎士だった。

 隊長さんやアイラの姿も見えて、ちょっとだけ安心したが……まだ私は囚われの身だった。

 謎の男はそんな騎士たちの姿を見ると、路地へと駆け込もうと方向を転換した。


 まずい……このままさらわれちゃう……!

 

 怖くなった私は、すっと息を軽く吸った。……大丈夫。最近使う機会はなかったけど、しっかりと体が覚えてる。

 胸が少しだけ膨らんだところで、一気に魔力を含めて放出。

 直後、ドンという地響きとともに目の前の地面が爆発した。

 

 ……よし、成功だ。

 私はブレスを吐き、その衝撃で誘拐犯の腕から抜け出すことに成功した。もちろん、咄嗟のものだったのでそこまでの威力はなかった。でも、脱出するのには十分過ぎる爆発だ。

 男は爆風で吹き飛ばされたが、すぐに受け身を取って立ち上がり、体勢を立て直した。私はその間に既に騎士たちの方へ逃げているので、もうこの犯人に捕まることはない。


 案の定、そいつは私を攫うのを諦めて、逃走に専念することにしたようだ。

 改めて先程入ろうとしていた路地に向かって走り出すも、


「待て、お前!」


 別の騎士によって進行方向を防がれる。

 彼らは剣をぎゅっと握りながら、犯人に向けてにじり寄っている。この短い時間で、なんと包囲できていた。騎士たちが円形に並び、抜け目がないように全員が剣を構える。


「――……チッ」


 謎の人物は、大きく舌打ちした。万事休すだ。

 だがそう思ったその時……いきなり、鼻にツーンと来る薬品のような匂いが入った。

 そんな刺激臭がふわっと香ったかと思えば、謎の男は小さな石のようなものを地面に叩きつけた。なんだあれ、という感想を抱いたときには、もう事は起こっていた。

 

 その石は、少しの間をおいて、激しい炸裂とともに眩い閃光を放出した。

 真っ白な光だった。あまりにも強い光に、その場にいた誰もが目を背ける。まるで目の前に稲妻が走ったかのようだった。これは一瞬、本当に一瞬だったけど、犯人が逃げるのには十分過ぎる時間だった。

 次に私たちが目を開いたときには……誘拐犯はいなくなっていた。


 呆気にとられる騎士たち。

 だが隊長さんだけは、自身の剣を仕舞うと、私のことを気遣ってか頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。


「怪我は……無いようだな」


 ぱっと見て、私に一切の怪我がないことを確認する。なんなら、服もほとんど汚れていなかった。

 だけど私の心臓はドキドキと速く鼓動していて、どうにも収まりそうになかった。


 ……怖かった、とても。

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