49.城下町(2)

「あれ食べよう!」

「ええ、もう食べるんですの!?」


 私はティーナとセレスの腕を引っ張った。

 広い通り。その道のど真ん中を陣取って、土産物や食べ物を売っている屋台が一定間隔で立ち並んでいた。本当はこんなところで店を開くのはダメみたいだけど、黙認されてそのままにされているのだとか。というか、騎士も普通によく利用するらしい。

 私はそんな屋台の中から、ひときわ香ばしい匂いを放つ店へと立ち寄った。


「いらっしゃい、嬢ちゃん!」


 ここで売られていたのは肉串だった。

 真っ赤な赤身の肉を串に刺し、じっくりと炭火で焼いたシンプルな料理だ。

 時たま、零れ落ちる脂のせいで、ぶわっと大きな炎が立ち上る。ジューという脂の音が絶えず聞こえ、その彩りと香りが食欲を刺激する。

 店主は、気前の良さそうな一人のおじさん。こもった熱気のためか、その額には汗がにじんでいるが、そんな中でも私たちに気持ちの良い笑顔を見せる。


「これください!」

「あいよ」


 私は3本の指を出して、肉串を要求する。

 そして、ポシェットの中から取り出した銅貨をおじさんに手渡した。

 ちなみにこの硬貨は、隊長さんからのお小遣い。なんでも買っていいってさ。


 そして手渡された肉串は、私の顔の大きさを優に超える長いものだった。

 適度に焦げ目の付いた茶色い肉。湯気がもくもくと立ち上がり、スパイシーな香りがぶわっと広がる。もう見ているだけで美味しいもんね。


 ……それはそうとして、手渡された串が4本であることに私は気がついた。

 おじさんのミスかと思い、私はそれを指摘する。


「これ1本多いよ?」

「サービスだよ! その服、汚さないように食べるんだぞ」

「えっいいの!?」


 どうやらサービスのようだった。私は飛び上がって喜んだ。

 まず1本ずつティーナとセレスに配り、もう1本は私の分だ。そしてサービスで貰った1本をどうするか悩んでいたけど、結局私が全部食べて良いことになった。やった。


 パクリと大きな口で食らいつき、串の先から肉を引きずり出す。表面が軽く焦がされたタレの香ばしい味わいに、奥からじゅわっと溢れてくる肉汁。そしてこの道端で食べるという背徳感。とてもおいしい。

 一欠片だけでもこんなに満足できるのに、この串にはまだ沢山刺さっている。

 しかも私、これを2本も食べれるんだよ!


「おいし~!!!」

「うん」


 セレスももぐもぐと貪っていた。この表情は……多分、喜んでいる。

 一方でティーナだけは、肉串を目の前にして戸惑った様子で固まっていた。


「……このまま齧るんですの?」


 私たちがいるので、食べ方が分からないということはない。

 遠慮したように言うティーナに対して、私は元気よく背中を押す。


「そう! 美味しいよ?」

「では……」


 渋々といった様子で肉に齧りつくティーナだったが、たちまちその顔は笑顔になった。


「……美味しいですわ」

「そうでしょう、そうでしょう」


 私が作ったわけじゃないけど、自慢気に胸を張っておいた。ティーナは生粋のお嬢様だから、こんな屋台で食べる機会はないのかもしれない。……だけどこういう食べ歩きというのも、案外悪くないものだ。

 ドレスを汚さないように慎重に食べる姿には、少し笑ってしまったけど。肉串を苦戦しながら食べるお嬢様に、私は「がんばれー」と温かい視線を送っておいた。


 そうして全て食べ終わると、屋台のおじさんに手を振って別れを告げながら、街の散策を再開する。

 ここはメインストリートほどはなくとも、かなり人通りが多くて、ガヤガヤとした喧騒が止まない。

 ……ああ、街に来たんだ。そんな実感がようやく湧いてきた。

 食べ物、服、アクセサリー、日用品、はたまた怪しい壺みたいなものまで、なんでも売ってる。私はその全部に目をキラキラさせながら、限られたお小遣いで何を買うか考えていた。


 あっ、ティーナ。キャッチについていっちゃダメだよ! ……連れ戻さないと。


 そう思っていると、セレスが強引にティーナを連れ戻した。ありがとう。「ひどい目に遭いましたわ」とティーナは少ししょんぼりしていた。

 いろんな人がいるから、こういうのには気をつけないとね。私たちの周辺に騎士がぴったりとついているからって、油断はしちゃダメだ。



 そんな風にして街を散策していると、突然セレスが足を止めた。

 なんだろうと思っていると、私の裾をぐいぐいと引っ張っていることに気がついた。


「あれ」


 セレスが指さしたのは、立ち並ぶ建物の一角。アクセサリー店だった。

 ……どうやら入りたい様子だ。


 正直私は驚いた。セレスからはあまり物欲というものを感じたことはなかったから、こうやって自己主張するほどアクセサリーが欲しいとは、少し意外だった。

 セレスがこのようなことを言うのは滅多に無いだろうから、私たちは素直に彼女に従う。


 扉を開くと、お店の中には所狭しとアクセサリーが並んでいた。

 といっても、どれも高級なものではなく、どちらかというと普段遣い用やお土産用のものが殆どだった。たまに値段の高いのもあるが、目が飛び出るような金額ではない。頑張れば手に入れられるレベルだろう。

 ネックレス、ブレスレット、髪留め、イヤリングなどが色々とごちゃまぜに置いてあって、正直どれがいいのか全然わかんない。


「セレスはどんなのが欲しいの?」

「ルーナ、選んで」


 セレスは迷うことなく、私に判断を押し付けた。


「……私が選ぶの?」

「そう。選んで」


 アクセサリーを”買いたい”のではなく、”選んでもらいたい”なのね。

 ……まぁいいでしょう。私のセンスで、とっても似合う逸品を選んでみせるから。


「その意匠は『久遠の愛』を意味します。男性からプロポーズする際に渡すものですわ」

「えっ、そうなの?」


 私が選び取ったのは、銀色のブレスレット。

 星型の形をした花を象ったデザインで、とても良いと思ったんだけど……そういうのもあるのね。

 

 ティーナの解説を聞き、一旦私はそのブレスレットを棚に戻した。可愛いデザインだけど、セレスにプロポーズをするつもりはない。


 ……じゃあ、こっちはどうだろう。

 丸い広葉樹の葉が描かれたブレスレットだ。


「それは商売繁盛ですわ」

「そうなんだ」


 商売は関係ないね。別のにしよう。


「それは学業成就ですわね」

「ぐぬぬ……」


 ……ならば、こっちはどうだ!


「それは……安産祈願」

「………………………………」






 もうこれでいい? 安産祈願。

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