47.朝食(2)
「外側から順番に使うんですのよ」
ああ、それ聞いたことある! ティーナからの助け船に、私は安堵した。
私は早速彼女の言う通り、一番はじっこに置いてあるフォークとナイフを手に取った。そして待ちに待った料理に手を付ける。
初めはオムレツから食べることにした。黄金のように輝く玉子の表面に、スパッとナイフを入れると、中からは湯気を放ちながらとろとろと半熟のものが溢れ出てくる。パクリと口にいれると、ふわっとした口触りの奥底からバターのまろやかさと隠し味のハーブの香りが立ち上がってくる。
「んん~!」
思わず大きい声がでちゃった。でもそのくらい美味しいのだ!
そして横に添えられているソーセージは、塩加減が程よくてオムレツによく合う。一口一口唸りながら、パクパクと料理を口に運んでいく。
「ルーナ……あなた、本当においしそうに食べますわね……」
ティーナがちょっと困惑した表情で言った。……あれ、これ前にも誰かに言われたような。
褒め言葉なのかは分かんないけど、褒め言葉だと受け取っておくことにするよ。
「パンは、ちぎってから食べる」
「え、ああ、うん……」
パンをむしゃむしゃと食べていたら、横に座っていたセレスから注意を受ける。
私は戸惑いながらも素直に従って、パンを小さい塊につまみながら食べていくが……ふと横を見ると、セレスがフォークとナイフでオムレツを刻んでいるところだった。
……えっ、私よりちゃんとしてない?
その見事な所作に、思わずじっくりと観察してしまった。
セレスは完璧だった。美しい姿勢で、優雅かつ上品に食事をする姿には、思わず「これ誰?」と思ってしまった。
なぜだ……なぜセレスのほうが、マナーに精通しているんだ……!
てっきりセレスには人間の常識が無いのだとばかり思っていたけど、こんな一面があったとは。
少し怖くなった私は、最後に残っていたサラダを一気に食べた。
誰よりも早く食べ終えた私は、ふうと息を漏らす。とても美味しかったけど、それよりも「解放された」という気分のほうが強い。
そんな風に疲れた顔をしていると、向かい側のティーナから声が聞こえてきた。
「私たちしかいないのですから、気を張る必要はありませんわ。相手を不快にさせないことが本質なのですから」
「そっか、それもそうだね。でも……今度いろいろ教えてね」
「もちろんですわ」
そうだよね、3人しかいないんだから、無理に気張る必要はなかった。ティーナの優しい言葉に、なんだか緊張の糸がほぐれたような気分になった。
そしてセレス……あなたはまず自分のご飯を食べなさい、私の頭を撫でる前に。
でも出来ることに越したことはないのも事実。これからゆっくり練習して覚えていこう。
それから少しして、ティーナとセレスが食べ終わると、空いた食器と交換で食後のデザートが運ばれてきた。
手のひらサイズくらいに切り分けられたイチゴのコンポートタルトだ。
タルト生地はふんわりとしたムースで満たされ、それを土台にして、これでもかという程たくさんのイチゴが盛られている。砂糖漬けにされた赤色の果実は、そのどれもが艷やかで綺麗……見惚れてしまいそうだ。
「わぁ……」
我慢できなくなった私は、フォークを横にしてタルトを切る。既にイチゴは柔らかくなっていて、反発すること無くスルスルと切れていく。そして切り分けた一部分を口に運ぶと、ぱぁっと弾けるように甘味と酸味が広がる。軽やかな口当たりで、後味もさわやかだ。
そして口の中に甘みが少し残った状態で、同時に用意されていた紅茶を口にする。茶葉の鼻に突き抜ける独特な香りが鼻腔を刺激する。砂糖をワンスプーン沈めたためか、ほんのりと甘さが見え隠れしていて、タルトにしっかりと合う。うまい!
――これこそ、私の憧れていた優雅な朝だ。
じんわりと体が温かくなるのを感じながら、私は目を細めた。
砦に戻った後も、こんな感じの優雅なティータイムをしてみたいな。
スイーツと紅茶は料理長さんにお願いするとして……無骨な騎士たちに優雅な朝に紅茶を嗜むという文化は身につくのだろうか。うーむ……甚だ疑問だ。
「ルーナ……その姿は魔法?」
「ん? そうだよ」
私が紅茶を啜っていると、ティーナがつかぬことを聞いてきた。
「ずっとその姿でいられるんですの?」
「いや……疲れるから長くても半日くらいかなぁ」
ちょっと見栄を張って「半日」と言ってみたけど、気を抜いたらもっと短いかも……。頑張れば半日いけなくはないんだけど。
だがその言葉を聞いたティーナは、目をキラキラとさせて私にこう提案をした。
「でしたら! この後、街へ遊びに行きません?」
「私は大丈夫……だけど、隊長さんに聞かないと……」
ティーナは私を街へと誘い出すつもりだった。
もちろん私も行きたい気持ちでやまやまなのだけれど、隊長さんに一回聞いてみないと分からない。きっと隊長さんのことだから、ダメって言うんだろうなぁ……。
「それについては大丈夫ですのよ。ウェルナー様に許可は取りましたから」
「ほんと!?」
椅子の隙間から飛び出た尻尾がぴょこりと跳ねる。遠い目をしていた私の表情は、みるみるうちに輝いていった。
なにせ、街に行くのは私の夢だったから……!
どんな風景が広がっているのか、とても楽しみなのだ。
……これはきっと、人化魔法ができるようになったご褒美に違いない。
しみじみと自分の成長を感じつつ、私はぱくぱくとタルトを齧るのだった。
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