46.朝食(1)

 ふかふかで温かいベッドに包まれて、とても幸せな私は、ちゅんちゅんと鳥の鳴く声に目を覚ます。

 いつにもましてよく眠れたのは、移動の疲れもあるだろうけど、なによりこのベッドが素晴らしすぎるためだ。


「おはよ……」


 私がふにゃふにゃとした声で言うと、騎士とドラゴンの3人から交互に「おはよう」が返ってきた。

 その声を聞いた私は、安心して二度寝に入る……。




「えっ、まだ寝るの?」

「ルーナさん、これから朝食ですよ。そろそろ起きてください」


 二人の騎士からの声が鋭く突き刺さり、私は渋々――ほんっとうに渋々だけど、むくりと起き上がった。抗議のために尻尾で布団を叩いてみたけど、ばふんという柔らかい音が出るだけだった。

 眩しい陽の光に私は目を細めながら、くぁ~と大きなあくびをする。


「クリスティーナ様とご一緒みたいですよ」

「ティーナが!?」


 ルルちゃんから発せられた「クリスティーナ様」という言葉に、私の意識は一気に覚醒した。

 ティーナが一緒に来ているってのは聞いてたけど……ようやくまた会えるんだね!


 私たちはもはや友達だ。短い時間だったけれど、お互いのことを知りたいと思ってる。

 それなのに結局、あのお茶会から一度も彼女と会う機会はなかった。

 彼女からはお菓子が送られてきたり、私も手紙を書いたり(字は隊長さんに書いて貰ったんだけどね!)。

 そんな風に、ちょっとずつやりとりはしていたものの、やっぱりもう一度会いたい思いが強い。


「私、こっちで行く!」


 ――それに、これも見せてないしね!

 私は人化の魔法をちょちょいと使って、人の姿になった。すっぽんぽんなので、さっと下着を履き、服をせっせと着る。

 私の服はすべて隊長さんのチョイスらしいけど、私の髪に合わせた為に、白色や淡い単色が多い。今日はお気に入りの白のチュニックを選んでみたけど、やっぱりとてもかわいい。


 速攻で準備できた私は、既に騎士の制服に着替えたアイラの膝の上に座る。尻尾が邪魔になるので、横向きに――お姫様抱っこみたいな感じだけど。


「これで大丈夫かな……?」

「バッチリよ!」


 ちょっと不安になって聞いてみたけど、アイラからは太鼓判が与えられ、ルルちゃんは手で大きく丸を作っており……そしてセレスからは頭を撫でてもらえた。

 私の周りにはイエスマンしかいない気がするけど……でも自信のついた私は、ぽんと膝から飛び降りると、高らかに宣言するのだった。


「朝ごはん、たべるぞー!!!」



「ルーナ……ですの……?」

「そうだよ!」


 ティーナは目を真ん丸にして、私を凝視していた。ふふん、どうだすごいだろう!

 私はくるりと一回転して、全身をくまなくティーナに見せる。最初は恥ずかしいと思っていた、この角や尻尾も今やチャームポイント……のつもり。

 そんなティーナは、何かを言おうとしていたが、言葉を詰まらせているようだった。


「…………かっ」

「か?」

「――かわいいですわっ!!!」


 ティーナは目をキラキラさせながら私に飛びついた。ぎゅっと抱きしめられた私は、思わずぐへえと腹から声が漏れる。……意外と力強いのね。

 彼女は私をぎゅっと捕らえたまま、ぐるぐると回り、その気持ちを全身で表現した。

 そんなティーナだったが、すぐに我に返ったかと思うと、ごほんと一つ咳払いをして謝罪した。


「しっ、失礼いたしましたわ!」


 少し恥ずかしそうにしていたティーナ。ふふ、悪い気分はしないからいいよ。

 ……だから、今度は私の番である。私は始めから思っていたことを伝えてみることにした。


「ティーナもかわいいよ!」

「……………………ありがとうございます」


 私が褒めると、ティーナはぴくりと体を震わせたかと思うと、顔を真っ赤にして感謝の言葉を述べた。

 その声はもう消え入りそうなくらい小さかったけど、そんなところもかわいくて、私はにっこりと笑った。こういうのが、ティーナのかわいいところだ。


 ひとしきり落ち着いたところで、ティーナは私の後ろを歩くセレスの存在に気がついた。見事になにも喋らないセレスを訝しげに見るも、彼女は慌てて居住まいを正すと、ドレスの裾を摘んで挨拶をした。


「はじめまして、私、クリスティーナ・フォン・デルモラと申しますわ」

「私はセレス。よろしく、人間」

「にっ、人間!?」


 セレスがいつものように人を「人間」と呼ぶと、ティーナは驚いた様子で私を仰ぎ見た。

 ……こらっ、やたらめったら人間って言うんじゃありません!

 このままではティーナがセレスのことを嫌いになってしまうので、慌てて私はフォローを入れた。


「ごめんね、セレスは人の名前を覚えるのが苦手なの。彼女もドラゴンなんだよ」

「噂には聞いていましたが……」


 ティーナはセレスを一瞥すると、私と比較するように左右交互に首を振っていた。わるかったな、人化が中途半端で!

 でもティーナはその説明で納得したようで、セレスを奇特な目で見ることはなくなった。人とドラゴンでは、価値観が違うのである。彼女もそれを理解したようだ。

 ……はぁ、セレスが名前を覚えてくれることを祈ろう。


 そうして話を終えた我々が案内されたのは、1階のとある部屋。小さなテーブルには、真っ白なクロスが敷かれていて、私たちの座る所には既に食器やカトラリーが用意されていた。

 私はよじ登るようにして席についた。身長が低い私は、特製のお子様用の椅子だった……くそぅ。

 ちなみに、セレスは隣、そしてティーナは向い合わせになった。部屋には私たち3人と、待機するメイドさんくらいしかいない。騎士のみんなは部屋の外で待機しているようだ。


 ナプキンを付けてもらうと、すぐに料理が運ばれてきた。

 小さなパンにバター、オムレツにソーセージ、そしてみずみずしい青野菜のサラダ。量はそれほど多くなかったけど、高級ホテルの朝ごはんみたいで胸が躍る。

 早速「いただきます」と手を合わせ、目の前の料理を食べようとしたとき、私はとある問題に気がついた。


「これどうやって食べるの……?」


 私の前に立ちふさがるのは、皿の左右に並ぶ数本のフォークとナイフ。どれもサイズが違うだけで同じように見えて、何が適切なのか全然わかんない。

 どれを使えばいいのか検討もつかない私は、うーんと唸りながら食事にありつけずにいた。


 ……くそ、前世でもっとテーブルマナーの勉強しておくんだった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る