45.離宮

 あれだけ自慢したかった人化の魔法だけど、実はとっても疲れるのだ。

 魔力を大きく消費するのか、頑張っても半日が限度っぽい。これを四六時中やってのけるセレスは凄い。

 だからいつの間にか、元の小さなドラゴンの姿に戻っていて、自分の服の中に溺れてしまった。でもサラサラとした生地の肌触りが気持ちよくて、むしろ快適なくらいだった。人化の魔法による疲れも相まって、すぐに眠たくなってしまう。


 馬車で向かった王都への旅路。

 大体日数にして3日ほどだったけど、こんな感じで大体寝ていた気がする。人化して、騎士たちとしばらく遊んだりお話したりして、そして元の姿に戻って、ひたすら眠って。

 アイラに「ずっと寝てない?」って言われたけど……これは不可抗力なのだ。それに、馬車の揺れもなんだか電車の中みたいで気持ちよくて……。




「ルーナ、着いたぞ」

「ふぇ……?」


 夢現ゆめうつつな私は、ライルの声が夢なのか現実なのか分からなかった。しかし、頭をぽんとデコピンされたことで、それが現実であることに気付かされる。


「おう、と……?」

「そうだ」


 さざめくような風の音とともに隊長さんの声も聞こえてきて、意識がより覚醒した。

 ……どうやら、王都に着いたみたいだね。時刻は夕方くらい?

 今は人化は解除されているので、ちっさなドラゴンの姿だ。セレスに抱っこしてもらい、私は足を踏み入れた(私は一歩も歩いてないけど)。


 王都とはいっても、私たちが到着したのは街中ではなく、お城の敷地だった。見上げなければならない程に巨大なお城がどんと聳え立っていて、ほえーと間抜けな声を出してしまった。

 ここにも行ってみたいけど、私たちがまず向かうのは離宮。このお城の近くに建てられた、別館みたいなところだ。


「ここにいる間は、我々で貸し切りだ」


 もちろんメインの宮殿には到底及ばないけど、それでも大豪邸がそこにはあった。白い石造りの壁に、赤っぽい屋根。端から端までかけっこしたら、途中で全員がバテてしまいそうなくらいに横長だ。正面には綺麗に整備された庭園があって、隅っこには八角形のガゼボがある。あそこでゆっくりティータイムしてみたい。

 そして中に入ってみると、メイドさんがお出迎え。メイドさんは四人もいて「すげー!」って純粋に感動してたけど、隊長さん曰く「最小限の人数にした」とのことだった。本来はもっと多いらしい。

 メイドさんのうち一人は、私たちを迷うことなく部屋の前に案内した。


「わあ……」


 玄関も広間も廊下も、どれも豪華絢爛という言葉が相応しい。こんな良い所に滞在させてもらっていいのかと及び腰になりそうだ。

 肝心の部屋もとても素晴らしいつくりで、天蓋付きのベッドが二台に、壁際にはドレッサー、今の季節は必要ないけど暖炉が取り付けてあって、天井からはシャンデリアが吊るされている。スイートルームだよ、こんなの。


「アイラ、ルル。頼んだぞ」


 隊長さんの声に、二人は騎士の礼をとった。

 実は、アイラ、ルルちゃん、セレス、そして私の4人で同じ部屋で寝泊まりすることになった。この辺りも隊長さんの配慮だ。


 騎士たちも私たちと同じ離宮に泊まる都合上、この大きな館をもってしても部屋数が足りないらしい。だから、館を真ん中で半分に区切り、左半分の客室をデルモラ家へ、そして右半分を第8騎士隊に割り当てた。騎士たちは、この客室を相部屋で使う。

 お客様用であるこの邸宅に、本来騎士が宿泊することはないのだけれど。私とセレスが寂しくないようにと、無理を言ってこのような形になったのだとか。毎晩アイラやルルちゃんと一緒に寝ている私にとっては、とても嬉しい配慮である。


「これ壊したらいくらするんだろ……」

「こわいね……」


 私とアイラは、傍にあった高価そうな置物を見つめて、二人で震え上がった。

 一方のルルちゃんとセレスは、周りを興味深そうに眺めながらも、私たちほどは恐れている様子はない。

 セレスは良いとして、ルルちゃんは貴族家の出身だったんだっけ。これが貴族の余裕……!




 ――だがそんな私たちも、数分もすれば忘れてしまう。


「わああああ、柔らかい!!!!!」


 信じられないほどふかふかのベッドに、私は興奮して飛び跳ねていた。ふふふ、トランポリンみたいで楽しい!!

 それを見たセレスも、私の真似をしてベッドに顔面から飛び込んできた。びたんと、受け身もせず顔から着地したが、あまりにもベッドが柔らかいのでぽよんぽよんと跳ねていた。

 これは……セレス、楽しんでるよね?

 でも、せめて手は使ったほうがいいと思うよ。落ちちゃって危ないから。


「アイラさん……皆さん元気ですね」

「本当ね。私たちはこんなにくたくただっていうのに」


 そう愚痴っぽく話す2人の言葉だけど、私たちの耳に届くことはなかった。

 ぽよんぽよん!

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