44.練習の成果

 ――出発の日。

 遠出するということもあって、王都へ向かう騎士たちは大忙しだった。今回の訪問には、デルモラ伯爵家とその私兵も同行する。たくさんの人員と装備が必要になるため、やるべきことも沢山あるのだ。


 騎士たち皆が旅装に身を包み、大荷物をてきぱきと馬車へと積み込んでいく。

 私はそれを指を咥えながら見るしかできなかったのだが……私にも準備するべきことがあった。そしてこれは、隊長さんとセレス以外にはずっと内緒にしていた、とても重要なこと。


「終わったか?」


 隊長さんの呼びかけに、私は「大丈夫」と元気よく答えた。


「……へ、変じゃない?」

「大丈夫だ」


 隊長さんからそんな励ましの言葉が飛んでくるけど、私の心臓はさっきからドキドキしっぱなしだ。うう、変なことをしているわけじゃないんだけど、やっぱり小っ恥ずかしい。

 半べそをかきながらセレスを見ると、彼女はサムズアップで応じた。……料理長のアレ、覚えたんだね。


「ルーナ、行くぞ」


 隊長さんに手を繋がれ、私はゆっくりと歩いた。執務室のドアを開けて、一歩ずつ前に歩き出す。

 緊張のためか、一歩一歩がとても重く感じ、隊長さんの支えが無ければ足が絡まってすっ転びそうだった。


 そして、私たちは広場へとやってきた。

 騎士たちは旅の準備を進めているところだったが……やがて、注目が私という一点に集中する。


「誰だあの子」

「可愛らしいな」

「あれってもしかして……」


 騎士たちが一斉にざわめいた。それは殆どが私についての話だっただろう。

 普段から接しているのに、なんだか目を合わせるのすら恥ずかしいよ。そう思いながらも、私はぎゅっと隊長さんの手を握りながら、勇気を振り絞った。


「るっ……ルーナです」

「「「……………………」」」


 私の言葉が発せられた瞬間、先程までの喧騒が嘘みたいに静まり返った。

 そして数秒の間を置いたあと、再び彼らのざわめきが沸き立つと同時に、作業を止めた騎士が一斉に駆け寄ってきた。


 ……って、こわいこわい!

 ただでさえガタイがいいんだから、一斉に来ないでほしい!!


「おい、怯えているだろう。大人しく作業に戻れ」


 隊長さんが鋭い眼光で睨みつけると、騎士たちはさーっと蜘蛛の子を散らすよう逃げていった。……はあ、緊張した。


「ルーナ、似合ってるぞ。角と尻尾は隠せなかったか」


 私は、髪の間・・・から生える角にちょんと触れた。

 硬くて、ひんやりとしていた。

 

 ――もうお分かりかも知れないが、私は人化の魔法を覚えたのだ。


 セレスに頼み込んで、ここ一ヶ月くらい必死に練習した。完璧にはできなくて、ドラゴンの尻尾と角は残ったままだけど、それを除けばちゃんと女の子の姿だ。

 肩まで伸びる髪は、私のウロコと同じ白銀色。瞳もドラゴンの姿のときと同じ金色、お月様と同じ色だ。白のチュニックに青色のカーディガンを身にまとい、下にはゆったりしたラインのロングスカートを履いている。少し動く度にふわりとスカートの裾が舞ってかわいい。

 

 少し気に食わないのは、私の容姿だろうか。

 自分で言うのも変だけど、顔はかわいい。ええ、かわいいのだけれど……流石に幼すぎる!

 何歳だろう。これは、もしかしたら小学生くらいかもしれない。それも低学年。

 いや、わかるよ。この世界に来てまだ1年も経ってないからね。でも、でもさあ……前世では少なくとも高校生だったんだけどなぁ……。


 ガラスに映った自分を見てしょんぼりとしていると、セレスが声をかけてくれた。


「できるだけで凄い。練習、頑張って偉かった」


 セレスはそう言って、私の頭を撫でてくれた。わしゃわしゃという撫で方なので、髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまった。

 そうじゃないんだ、セレス。角と尻尾が出ていることを残念がってるわけじゃないんだ。自分の幼さを嘆いてるだけなんだ。


 ……まあでも悪い気分じゃない。練習を頑張った甲斐があった。セレスもどこか誇らしげだ。

 それに、こうやって隊長さんに手を繋いでもらうのは、今まで出来なかったことだ。それだけでも十分に価値がある。



「隊長……その子、もしかして」


 ふと作業を眺めていると、私たちの背後から声が掛かった。

 見知った声――アイラだ。彼女の方に私は振り向くと、勢いよく駆け出してそのお腹に抱きついた。


「アイラ!」

「えっと、ルーナだよね?」

「そう!」


 私が元気よく答えると、アイラは戸惑いながらも頭を撫でてくれた。今度は優しい撫で方だった。この感じも好き。


「魔法、覚えたの!」

「……すごいわね。本当にルーナなの」


 見た目はすっかり変わってしまったけど、今までと声は一緒だし、角と尻尾があるから私であることはすぐに伝わったと思う。


「練習したの。皆を驚かせたくて」

「ええ、大成功ね。とても驚いたわ」


 誇張ではなく、本心から驚いたようなアイラの声に、私は心の中でガッツポーズをした。一番この姿を見せたかった相手だ。


「本当にルーナなのか」

「……凄いですね。とても高度な魔法だと思います」


 気づかなかったけど、ライルとルルちゃんも近くにいたようだ。二人も私の姿を見て、そんな感嘆の声を次々に上げていた。

 褒められて悪い気分はしない。

 私はふふんと、文字通りに胸を張って自慢するのだった。

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