42.いい感じの棒

 セレスが少し砦に馴染んできた気がする。

 未だに騎士たちを「人間」と十把一絡げに呼ぶけども、彼らにおやつを貰ってはぱくぱくと食べて満足そうな顔をしている。ついでに私も一緒に貰えるから、最近はずっと二人で行動している。

 ……以前よりも、より餌付けされているような気がしなくもない。


 そしてご飯の時間になれば、アイラやルルちゃんたちと共に食堂の席につく。

 セレスもここのご飯の美味しさに魅了されたようで、鼻息を荒くしながらお代わりを要求するのが、最近の恒例となっている。これには料理長もサムズアップ。

 ――あっ、調理長っていうのは、シェフ帽を付けた恰幅の良いあの料理人のことね。彼の作る料理は、どれも濃厚な味付けで病みつきになるのだ。


 ちなみに今日の晩御飯は、シチューだった。

 湯気の立った白いとろとろの汁の中に、一口大に切った色とりどりの根菜やお肉がごろごろと沈んでいる。仕上げに胡椒が掛かっているのがワンポイント。


 セレスにあーんとされて――必ず一回はやらないと気がすまないらしい――シチューが口の中に転がり込む。

 野菜は舌の力だけで崩れるほど柔らかく、濃厚なコクのある汁と具材の独特の旨味が合わさって、とても美味しい。そして胡椒のピリッとした僅かな辛さが、その味わいに変化を与えている。


「おいしい!」

「ふふ、そうですね」


 ははは、ここの料理は本当に美味しいのだ。

 私はルルちゃんと顔を見合わせながら、思わず舌鼓を打つのだった。



 ご飯が終わり、日もすっかり落ちた頃、私はなんとなく訓練場の周りを散歩していた。ちなみにだが、セレスは私の後ろをぴたりと付いてきている。この時間になると風が涼しくて心地いいから、のんびりと歩くのはとても好きだ。

 すると、ライルと他の騎士が談笑しているのが目に入った。


「ルーナとセレスだ……散歩か?」

「そんなところだよ!」


 向こうも私の存在に気づいたようで、私たちに手を振って挨拶してくれる。


「遊ぶか?」


 私とその後ろにいるセレスを見て、悪戯っぽく笑うライル。彼はふと移動すると、近くにあった樹木の枝をポキっと折った。そしてそこから葉っぱや枝分かれをむしり取って、一本の『いい感じの棒』を作り上げた。


「……わ、私は犬じゃないからね」


 ニヤニヤと笑うライルに、私は声を詰まらせた。

 だが、そんな言葉も虚しく、ライルはぴゅーんと遠くに放り投げた。放物線を描く『いい感じの棒』――最初私はそれを眺めるだけだったけど、ついに堪えきれなくなって、私はタタタッと走り出すのだった。


 わーい、たのしー!!!


 そして、はっと気づいたときには、私は『いい感じの棒』を口に咥えていた。……ああ、またやっちゃった。

 どうやら私には「遠くに投げられた棒を見ると無性に追いかけたくなる」という性質があるみたい。

 ライルにそれがバレてからは、事あるごとにこの遊びをやられる。なんだか人であるプライドを傷つけられた気分になるけど……楽しいからつい走っちゃうのだ。


「もう一回やるか?」


 私が棒を咥えて戻ると、ライルが悪魔のように囁いてきた。頷くのも癪だけど、でも……もっかいやりたい……。

 私がそんな微妙な表情をしていると、私の答えも待たずに、ライルは再び棒を投げた。今度は変化球みたいな軌道で、横方向にも曲線を描いて着弾した。


 たっ、たのしい……! 悔しいけど……!!


 また私は訓練場を駆けずり回ると、枝を見つけ、尻尾を振りながらライルのもとに戻る。……まるで犬じゃん、わたし!

 この姿に生まれ変わってからというもの、こういった体を動かす遊びがどうも無性にやめられないのだ。もしかしたら体の幼さに、精神が引っ張られているのかも知れないけど……そこまで自覚はないんだよね。


 そんな私をさておいて、ライルが再び棒を投げようとした時。

 ふとセレスが声を上げた。


「人間、私もやる」

「”人間”じゃなくて、俺はライルだ。……なるべく遠くに投げるんだぞ」


 セレスは棒をライルから受け取ると、右手で棒を握り構えた。ふにゃっとした構えだったけど、セレスはそこから大きく振りかぶって――投げた。


「「……………………」」


 これはライルの指示が悪かったのかも知れない。「なるべく遠くに投げる」を真に受けたセレスは、あまりにも凄まじいパワーで棒を投げたがために、確実に場外へと飛んでいってしまった。あれは人が死ぬレベルじゃない?

 もう姿が見えなくなった『いい感じの棒』――彼はお星さまになってしまったようだ。

 

 ……忘れがちだけど、彼女はドラゴンなのだ。

 多分、力も普通の人間より全然強いと思う。


 だからライル、次からはちゃんと「いい感じの場所に投げて」って言ってね。

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