41.ごめんなさい
「セレス、さっきも言ったけど私は歩けるよ」
「もうちょっと」
「わ、私、降りたいの」
「あと少し」
セレスが砦にやってきて数日が経ち、騎士のみんなもセレスを認知するようになった。
相変わらず彼女は、私のことをぬいぐるみのような何かだと思っているらしく、私が離してと言っても全然聞いてくれない。解せぬ。
「おはよう、ルーナ、セレス!」
「今日も仲良しだな!」
私は「助けて……」という気持ちを込めて、目をうるうるさせながら通りかかった騎士たちを見たけど、彼らは微笑ましそうに私たちを見るだけで、なにもしてくれなかった。
うう、私は囚われの身なのか……。
セレスの腕の中、私はしょんぼりとしていると、ふと廊下の先に見知った人が見えた。
「ルルちゃん、ライル!」
私が呼びかけると、並んで歩く二人はこちらを振り向いた。
「おお、ルーナじゃねえか」
「ルーナさん、セレスさん、おはようございます」
二人は雑談を切り上げて、私たちにそう言った。ここ数日は特に、この二人がよく一緒にいるところを見かける。歳もそれ程離れていないし、ライルは面倒見が良さそうだし。最近はルルちゃんが毎日楽しそうで嬉しいよ。
……でも今は、そんなことを考えている場合ではなかった。
「なんだ、仲良くお散歩中か?」
「ライルぅ……たすけて……」
「え?」
私は助けを求めるように、ライルに懇願した。再び目をうるうるさせながら、ライルとルルちゃんのことを見つめる。
「私、降りたい……のに」
セレスには悪いけど、私はそうライルに伝えた。セレスは特に私の声に反応することはなかったけど、むしろ抱える力が少し強くなったような気がした。
すると、ライルはセレスに向き合った。
彼は優しくもはっきりとした口調で、セレスを諭す。
「嫌がってるなら、離してあげないとダメだ」
……ありがとうライル。よく言ってくれた。
セレスはびくりと一瞬体を震わせると、私のことを一度見つめて思い直したようだった。
「………………わかった、人間」
セレスは彼女はゆっくりと私を地面に下ろすと、ようやく手を離してくれた。
ひっ、久しぶりの地面かもしれない……。私はたたたっと駆けて、ルルちゃんの足の後ろへ隠れた。
「おい、俺のところじゃねえのかよ」
ライルがそんなことを言ってたけど、……ごめん、まだライルのこと完全に気を許したわけじゃないんだ!
嫌いじゃないし、むしろ好きだけど。密着するのはなんか違うんだよね、嫌いじゃないけど!
セレスはそんな私の様子を見て、とても悲しそうにしていた。顔は一貫して無表情なのに、彼女の周りにはずーんと重たい空気が漂っているのだ。
そんなセレスは、か細い声で単語を区切るように呟いた。
「ルーナ、私、嫌いになった……」
「きっ、嫌いじゃないよ!」
私は咄嗟に訂正した。ぜっ、全然嫌いとかじゃないんだけど……捕まるのが嫌なだけだよ!
そんな私の様子を見たルルちゃんは、セレスに対して優しく語りかけた。
「ルーナさんは、セレスさんのことを嫌いになったわけではないと思いますよ」
「でも、私と遠い……」
セレスの言葉の後半は、どこかに霧散してしまったようだった。
私も似たような気持ちで、その尻尾はうねうねと、何をするでもなくうねっている。あまり意識はしていないけど、私の気持ちを反映したの動きなのだろう。
でもなにか声を掛けようにも、私が気の利いたことを思いつくわけでもなく……。
私はルルちゃんにその役割を任せることにした。
「セレスさん……こういう時は『ごめんなさい』と言うんですよ」
セレスは、はっと目を見開いた。目の動きだけで表情は相変わらず変わらなかったけど、なにかしら心に響いたことは間違いない。
……そしてセレスは、ゆっくりと、一つずつ言葉を紡いだ。
「ごめん、なさい」
私はその言葉を聞いて、てててっと駆ける。
そして、セレスの足にぎゅっと抱きついた。
「次は、降ろしてって言ったら降ろして欲しい」
「わかった。そうする」
セレスはどこか嬉しそうだった。
一方で、私の尻尾もぶんぶんと揺れていた。
……言葉をちゃんと伝えるって大事なんだね。
まだ出会って数日だから、すごく仲が良いってわけじゃないけど、私はセレスのことをもっと知りたいと思ってる。だから、お互いにちゃんと言いたいことはしっかりと言わないといけないのだ。
セレスは再び、恐る恐るという感じだったけど、私のことを抱き上げた。
心なしかさっきよりも明らかに抱き方が慎重なんだけど……。そこまで丁寧じゃなくても大丈夫だよ。私の体には強靭なウロコがついているからね!
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