40.焼菓子
この砦に、新しい仲間が増えました!
名前はセレス。ただの可愛らしい女の子に見えるけど、実はその正体はドラゴン。人化の魔法を使って、人間の姿になっているらしい。
そんなセレスなんだけど、今彼女が何をしているのかと言うと……私をぎゅっと抱いて寝ています!
急に私に抱きついたかと思ったら、そのまますやすやと眠っちゃって。
全然揺さぶっても起きないから、その隙に脱出しようかとも思ったんだけど、がっちりホールドされていてどうにも逃げ出せそうにない。力強いな!
セレスのすやすやと眠る姿は可愛らしいんだけどさ……。
だれか「ルーナは抱き枕じゃないよ」ってセレスに伝えてほしい。おねがい、ほんとに……出れないの。
◇
あの行方不明事件から翌日。アイラの自室は、今までの日々よりもわいわいと賑わっていた。
「セレスちゃん、何か好きなものはある?」
「ルーナ、好き」
「わ、わたし!?」
セレスが砦に来てからというもの、私は彼女にぬいぐるみのように扱われている。どうやら私に懐いているみたいだけど、理由を聞いても「かわいいから」としか答えない。
抱っこされるのは嫌いじゃないけど、私、自分の足でも歩けるからね?
一方で、私以外の存在に対しては、セレスはかなり塩対応。騎士のことを「人間」と一纏めにして呼んでおり、彼らに呼びかけられても無視だ。
騎士たちはそんなセレスを良く思っていないのかと思いきや、むしろ「反抗期みたいでかわいい」などと言っており、印象は好意的なようだ。……まあ、本人たちがそれでいいのなら、私は何も言わないよ。
そんなセレスだが、アイラにだけは心を開いたようで、私とともにアイラの部屋で寝泊まりすることになった。他の騎士たちとは異なり、会話を無視したりするようなこともない。
とはいっても、積極的に会話をしようという感じでもないのだけれど。
――そのような接し方に、私は一つ疑問が浮かべた。
「セレスって本当にドラゴンなんだよね」
「うん」
「なんで人の姿をしてるの?」
セレスは、騎士たちや人のことが、嫌いとまでは行かないまでも、好きでは無いはずだ。だが彼女は、その人の姿を現に今も取っている。好きでないなら、ドラゴンの姿のままでいても良いはずだ。
それなのに、人間の姿になって、人間と共に暮らしている。私には、それが矛盾した行為のように見えた。
セレスはその質問に対し、迷わずに答えた。
「ルーナ、人間と仲良くしてる」
セレスの言葉に私は頷く。
……うん、私はアイラや隊長さんもそうだし、ここにいる騎士たちみんな好きだよ。
「だから、私も同じ人間になった」
ふふんと鼻をならしながら、自慢気に言うセレス。
えっと……つまり、セレスが人の姿を取っているのは、人が好きな私のためだってこと?
……結局、私基準なんだね……。
まあでも、これはチャンスでもある。セレスがこの砦に馴染んでもらうためには、私が彼女にもっと騎士たちの良いところを見せてあげないといけない。そうすれば、もっと皆で仲良く過ごせるはずだ。現にアイラとは打ち解けていってるしね!
「アイラ、私たちがんばろ!」
「……ええ、そうね?」
私の意図をうまく汲み取れなかったアイラだったが、彼女もきっと同じ気持ちだろう。
この砦に住まうからには、騎士たちとの交流は避けられない。セレスは悪い人じゃなさそう――今は人の姿なので人と呼ぶことにしておく――だから、きっと時間を掛ければなんとかなると思う。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アイラはふと思い出したように立ち上がると、がさごそと机の引き出しを漁り、あるものを手渡してきた。
「ルーナ、そういえば……隊長から渡してくれって」
「なにこれ?」
それは綺麗に包まれた小さな箱だった。……小さいと言っても、私にとってはそれなりの大きさだけど。上質な包装紙でラッピングされ、中央には素敵なリボンが付いている。揺らすと少しカラカラした音が鳴っており、それほど重たいものではないようだ。
私は箱を受け取ろうと手を伸ばしたけど、セレスによって横取りされてしまう。
「開けてあげる」
「……はい」
ちょっと……さすがに過保護すぎる。今後の目標に「独り立ちしてもらう」を追加……っと。
それはさておき、セレスが包装をびりびりと破くと、中からはまた厚紙でできた箱が現れた。そして共に、ひらりと一通の手紙が表れた。
「これは……クリスティーナ様?」
「ティーナから!?」
私の尻尾はぴょこりと立ち上がった。するりとセレスの腕の中から抜け出すと、アイラのもとに駆け寄って手紙の内容を見せてもらった。
……って私、文字読めないんだった。
結局アイラに音読してもらったけど、内容は「昨日の捜索に協力してくれてありがとう」と「お友達になれて嬉しい」というものだった。
そして、
「お菓子だ!」
肝心の箱をパカリと開けると、中にはぎっしりと焼菓子が詰まっていた。小麦色にこんがりと色づいたお菓子たちからは、ほんのりと鼻に抜ける甘い香りが漂っており、その輝きたるやまるで宝石箱のようだ。
クッキーが中心だが、マドレーヌのようなふわふわとしたお菓子も入っている。
前世でお菓子作りをしたことがあるから分かるけど、この程よい焼き色からお菓子作りの上手さが感じられる。私がやったときは、オーブンの中で真っ黒になって危うく火事になりかけたっけ……くそ、嫌な思い出が。
「ルーナ、食べる?」
「たべる!」
私は元気よく答えた。食べないという選択肢が私の中にあるわけがない。
「あーん」
アイラがクッキーの一つを取り出し、私の口に向けて差し出す。それをパクリと一口まるまる食らいつく。もしゃもしゃと口の中でクッキーが破砕されて、口の中いっぱいに甘みが広がっていく。
私はこれまでにないほどの恍惚な表情をしていたと思う。
もしゃもしゃ……ふは、おいしい。……はあ、幸せ。
「私も、やる」
セレスはがたりと立ち上がると、クッキーを一つ手に取り、私に差し出してきた。
「あーん」
受け取らない理由はないので、同じようにパクリと食べた。もしゃもしゃ……美味しい。
またもや幸せになる私だったけど、一方でセレスもぽわぽわした表情で私のことを見つめているのに気付いた。
「もう一回……あーん」
なにやら餌付けされているような気がしなくもないけど、おやつが沢山貰えるなら私は一向にかまわないよ。
セレス、もう一個ください!
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