36.私が騎士になる

「街に戻ろう!」


 私はそう高らかに宣言した。無事ですごく安心したし、何より私の大手柄だね! ふふ、帰ったら隊長さんとアイラにも褒めてもらうんだ。

 ……でもなにか、なにか大事なことを忘れているような気がするんだよね。


「あっ、思い出した!」

「な、なにを?」


 突如私の頭の中に響いたのは、他でもない隊長さんの忠告。

 ――男の子を見つけても直ぐに助けに行かないこと。代わりに、場所を覚えて地下の騎士に知らせるんだ。

 そう脳内に住む隊長さんが私に語りかけるけど、うーん。もう男の子見つけちゃったし、どうしたものか。


 あっ、見つけたのは不可抗力だよ。

 ここ重要ね!


 でも私1人よりも、他にもいっぱい人がいた方がいいし、場所だけでも知らせてこようかな。

 うん、そうしよう。隊長さんも言ってたし。

 とんぼ返りして、またエミルのところに戻れば、大丈夫なはず!


「私、ちょっと騎士に知らせてくる」


 そう私はエミルに伝えたけど、当のエミルはなんだか血色の悪そうな顔をしていて、そしてなにかを指さそうとしていた。


「ルーナ、あ、あれ……」

「え」


 エミルが指差した先――いや、正確には指さそうとした先。その手はプルプルと震えていて、ただならない様子であることは分かった。

 そこには、グルルルと低い重低音の唸りを上げる、灰色のハンターが立っていた。


「オオカミ、だ……」


 ――私の天敵再来である。


 なんでよ! 私、ちゃんと撒いてきたはずなのに!

 

 しかも、オオカミは1頭だけではなかった。

 通常オオカミは群れで狩りをする。追跡する部隊、陽動する部隊、そして実際に攻撃を仕掛ける部隊と。今もその例に漏れない。

 私がオオカミに1人追いかけられた時も、確実に群れだった。あの統率の取れた動きは、今思い出しても見事だとしか言いようがない。


 今私達の周囲にいるオオカミは、見えるだけで3頭。前と左右をそいつらに囲まれ、背後には斜面。

 どこへ進んでも、逃げ切れるイメージは浮かばなかった。万事休すとは、まさにこのことだ。


 ……いや、正確には「エミルが」という注釈がつくか。

 あの頃とは違い、私の背中には強力な武器――翼がある。当然オオカミは空を飛べないので、どう転んでも私に、私だけに理があるのは明白だった。

 だがエミルが居るとなると話は変わってくる。当然エミルは空を飛べないし、走るスピードも攻撃力もたぶんオオカミには及ばない。それ以上に、数の差がキツい。

 

 私だけ先に離脱して、騎士の助けを呼ぶか……?

 

 そんな考えがよぎったが、改めて私は思い直す。

 アイラやライル、他の騎士たちが私と同じ状況に陥ったと仮定したなら、彼らはどうするだろうか。果たして彼らは、エミルをほっぽりだして応援を呼びに行こうとするだろうか。今目の前で襲われそうになっているのに?


 ――答えは否。

 彼らなら、エミルを守るために立ち向かうだろう。私に剣は無いけど、幸いなことにブレスという武器はある。空を飛べるアドバンテージもある。


 だから私はエミルに言った。

 

「3つ数えたら、真っ直ぐ前に走って」

「えっでもオオカミが……」

「いいから。私が……助けてあげる」


 ――私がエミルの騎士になるんだ。

 心のなかで決意を固めて、私は一歩前に踏み出す。


「わかった。ルーナを信じる」


 エミルも覚悟を決めた様だ。

 オオカミはその間も、私達を攻撃するタイミングを窺うように、じりじりと一歩ずつ着実に距離を縮めていた。

 躊躇している暇は、もうない。私は軽く深呼吸をして、数字を数え始めた。


「いち、にー……」


 エミルの生唾を飲み込む音がこだまする。

 やけに周りが静かで、その音が余計に耳につく。


「――…………さん」


 私は3つ目の数字を言うと、大きく息を吸ってエミルに叫んだ。


「走って!」

「わかッ……た!!」


 エミルは体をこわばらせながらも、なんとか体を動かした。

 だけど、このままならオオカミに突進しているだけ。ただただ無謀。

 オオカミの方もこれを契機と見たようで、一斉に後ろ足を踏ん張り、駆け出そうとしていた。無防備なエミルに襲いかかるため。


 ――瞬間、私は口周りを意識して魔力を練り上げる。

 私が魔力をこんな風に自由に操れるのは、ルルちゃんをはじめとする、第7班による訓練のお陰。

 徐々に上半身へエネルギーが集まることを感じつつ、私は軽く息を吸う。

 そして、それが十分になったとき。

 私は口をかぱっと開いた。

 

 コンマ数秒の間。私はエミルを見据えていた。

 まさにオオカミがエミルを喰らい尽くそうとした、ちょうどギリギリのタイミング。

 オオカミは地面を蹴り上げ、今にも飛びかかろうとしている。

 

 ――私はそんな中に、喉の奥で押し固めた“魔力の塊”を放出した。

 

 

 

 ボン! と鈍い音が響く。

 私の放った魔力の玉――つまりブレスは、見事に命中し、爆ぜた。

 その場所は、一番正面にいるオオカミの地面 ・・だった。


 高いエネルギーを蓄えたブレスは、そのまま地面に墜落すると、大きなエネルギーを放出する。

 そのエネルギーは、音となり、熱となり、衝撃波となり。

 エミルの真横で、落ち葉や土や枝なんかの堆積物が、破裂するように飛び上がる。

 爆発の広さはそれほどでもないが、威力は十分だった。

 まともに爆風を食らってしまった正面のオオカミは、それはもう面白いくらい飛んだ。物理的に、吹き飛んだのだ。


 爆発の範囲に、エミルや他のオオカミは入っていなかったため、この1頭以外に被害はない。

 だがこの爆発の破裂音と爆風さえあれば、少しだけオオカミたちを怯ませることなんて容易だった。


 私はそんな隙を見て、翼を揺らし、上空に飛び上がる。

 直後オオカミが飛びかかって襲ってきたけど、なんの問題もなかった。


 エミル、私が引きつけるから頑張って!

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