35.化け物!

 足跡と匂いをたどり、探すこと約10分。

 足跡はともかく、その匂いはどんどんと強くなっていて、私の緊張感もどんどんと高まる。

 この辺りは少し木の密度が低くて、陽光がたっぷりと差し込んで、わりと明るい。

 森林浴するなら良さそうな場所だけど、生憎オオカミが近くに生息しているので危険だろう。


「こんなところに、穴が……」


 見つけたのは、斜面にある小さなほら穴。

 高さは1メートル位かな? 幅はその半分くらいで狭い。

 岩や木の根っこにたまたま土砂が支えられて、自然とできたような感じだ。

 深くはなさそうだけど、入り組んでいるので奥がよく見えない。

 

 ……でもこの辺から匂いするんだよな。

 ちょっと覗いてみるか。

 私はくしゃり、くしゃりと地面に少しだけ積もった落ち葉を踏みしめ、穴の方へとゆっくり近づいた。




「くるなぁっ!!!!」

「ピぇッ!」


 な、なに!!

 突如ほら穴の中から聞こえた音に、私の口からは思わず変な声が暴発。

 たぶんびっくりしすぎて、10センチくらいは飛び上がったような気がする。


「だっ、だれかいるの!?」


 私は心臓をバクバクさせながらも、ほら穴の中に向けて話しかけた。その声ははちゃめちゃにうわずっていて、自分の声とは思えないほど。

 び、びびったけど、たしか……「来るな」って言ってたはず。

 

 よし、冷静に考えよう。

 言葉が聞こえるってことは、人がいるってことだ。

 声高かったし、もしかしたら探している男の子の可能性も。いやというか、むしろそっちのほうが可能性あるんじゃ。


「……僕を助けに来たの?」


 依然として声の主は見えないが、中からは恐る恐るといった調子の声が聞こえてくる。

 まだ警戒心は全くといっていいほど解けてなくて、なかなか姿を見せてくれる雰囲気はしない。

 とりあえず、落ち着いてもらうことが先決だ。……私は一度深呼吸をして、優しく話しかけた。


「うん。助けに来たよ」

「…………化け物もいない?」


 中から聞こえる声は、不安でいっぱいいっぱいという感じ。私が怖がらせちゃったし、さもありなん。

 でも、その「化け物」とやらって……なんのことだろう?


 ……あっ、もしかすると、オオカミに追いかけられて逃げてきたとか?

 確かにそれならば、ここまで警戒するのも無理はない。あの日の私と同じだ。


 だが安心してほしい。今は、あの恐ろしいオオカミはいない。私が森の中で撒いてきたからだ。

 あそこからそんなに距離は離れてないけど、たぶん大丈夫。きっと。


「大丈夫。なにもいないよ」

「…………わかった」


 そうゆっくりと言うと、中からか細い声で返事が聞こえてきた。

 がさりと、物音が一瞬。どうやら出てこようとしてくれているみたいだ。

 ようやく、だ。

 私はその瞬間をじっとほら穴の前で待つ。

 

 茶色い髪がゆっくりと見え。そして、徐々に顔が見え、

 ほら穴の中と目が合った――。




「化け物っ!!!!」


 私を見るや否や、その顔はすぐにほら穴に引っ込んだ。

 それはもう、ドタバタと音を立てながら。その速さといったら、もうそんなんオオカミもびっくりよ。

 

 はぁ……私もその”化け物”だってこと、すっかり忘れてたよ。

 だ、誰が化け物じゃいっ! はあ……悲しいなぁ。



「――というわけで、私も協力して騎士たちと一緒に探してたの」

「本当に?」

「ウソじゃないって。この首輪も隊長さんから貰ったの」


 話を聞いてみると、ほら穴に隠れていたのは、やはり行方不明の男の子だった。

 私を見てめちゃくちゃに怖がっていたけど、優しく話しかけているうちに少しずつ落ち着いてもらえた。

 まだほら穴から姿は見えないけど、なんとか心の壁は取り壊せそうだ。

 はぁ……。男の子の声にかかる反響が、なんだか無性に虚しい。


 私はとりあえず、この首にかかる立派な首輪をアピールすることにしてみた。

 確か隊長さんも「他の部隊に敵ではないことを示すため」って言ってたし、役に立つかもしれない。


「隊長って、あの砦の?」

「そうだよ!」


 街の人々にとって、砦――第8隊は無くてはならない存在。

 この地方における警察の役割も果たしているので、そのトップに君臨する隊長さんは結構有名人だ。

 この男の子にとっても、それは同じこと。威を借りるというと言い方が悪いけど、共通して知っている人の話題を出すことで、ちょっとは安心してもらえるかもね。


「なにもしない……?」

「うん」


 首輪の効果か、男の子の気持ちが少し揺らいでいたような気がした。

 私は男の子に対しそう一言だけ返した。

 これもあの日だったか、アイラに「噛み付いたら殺す」って言われたことを思い出して、私は苦笑いした。

 わたし、悪いドラゴンじゃないよ!


「本当だよね?」

「なにもしないって!」


 私の信用が皆無であることが判明したわけだけど、念入りな確認を経て、ようやく男の子はその姿を見せた。

 ゆっくりとほら穴から出て、一瞬私と目が合う。……だが気まずかったのか、すぐに逸れてしまった。


「ね、なにもしないでしょ」

「……うん」


 私はそう言いながら首輪をちりんちりんと鳴らす。

 あれだけ散々言っておいて今更だけど、この首輪のおかげで信用してもらえてる気がする。

 ……だって、ドラゴンは普通首輪なんて付けないだろうからね。

 ありがとう、隊長さん。最初から役に立つって思ってましたよ。ほんとに。


「私はルーナ。名前は?」


 とりあえず仲良くなるための第一歩。自己紹介だ。


「僕は……エミル」

「わかった! エミル、よろしくね」


 私がそう言うと、エミルはなんだか微妙な表情をして、私から顔を逸らした。

 どうやらまだ、完全に信用を得ているわけではないようだ。私は少ししょんぼりとしながらも、その気持ちを顔に出さないように努力した。


 わ、私はめげないよ。

 なんてったって、私は心優しいドラゴンなんだからね!

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