34.足跡

「おーい! がんばれよー!」

「ありがとー!」


 空をぷわぷわと飛行していると、下から騎士の1人が私に手を振っているのが見えた。

 私も同じく、手を振って返事した。


「北側を捜索してくれると助かる!」

「わかった!」


 その騎士が指差したのは、街道の右側だ。

 道のすぐ脇、そこには高さ5メートルはくだらない急な斜面があって、さながら崖だ。湿った地面と落ち葉の組み合わせ、とても滑りそう。

 人の足ならば回り道しないといけないけど、私ならへっちゃらだ。


 さっそく役に立ち、私は胸を張りながら、ふよふよーっと木の間をすり抜け、斜面の底へとたどり着く。

 ただ、周りを見回しても特に人の痕跡は見当たらないので、とりあえず街道沿いの方向に進む。

 谷のようになっているここは、なんだか空気もひんやりとしている。


 はあー、なんだか不気味だなぁ……。


「ガウ! グァウ!」

「うわぁ!」


 突如聞こえたのは、獣の鳴く声。前方から聞こえる。

 私はとりあえず、地上から距離を取るために、飛行する高度を少し上げた。


「あれは、オオカミ……?」


 灰色の毛に、ツンと立ち上がった三角形の耳。

 尻尾をふらふらとさせながら、こちらをキッと睨む様はまさに捕食者。

 犬のような容姿をしているが、そこにペットのような愛らしさは微塵もない。

 あの姿――……絶対に忘れない。

 

 私の忌々しい敵。オオカミだ。


「ギャウ! ギャウ!」


 私を見上げながら、やかましく吠えるオオカミ。

 当然木に登ったりはできないので、残念そうに怒鳴るだけだ。


 へへっ、見たか!

 これが“格の違い”というヤツだよ。自分に翼がないことを恨むんだな!


 バーカ、バーカと上空から罵りつつ、オオカミを華麗にスルーして先に向かう。

 オオカミは途中まで追いかけてこようとするが、空と地上じゃ機動力は段違い。そんな無様な姿を楽しみつつ、私は森をフラフラと飛び回った。

 結局オオカミはいつの間にか追跡を諦めたようで、再び私の周囲には静かな森が広がっていた。

 

 オオカミなんか、もう怖くない!

 だって追いかけられたら、飛べば良いもんね。

 

 

 宿敵を克服し上機嫌になった私だったが、森を捜索しているときにあるものを発見する。


「靴……?」


 私は地上に降りて、その落ちていた靴を確認する。

 茶色い靴だ。……少し泥が付いているけど、そんなに汚れてない。というかこの泥も、最近ついたばかりって感じがする。

 サイズも……たぶん大きくはない。むしろ小さいかも。

 

 嫌な予感がした。

 私は靴を抱えて、もう一度飛び上がる。


「だれかー!」


 そう呼びかけるが、返事はない。

 ……とりあえず、捜索だ。靴を見つけた場所を中心に、なにか手がかりがないか探すことにしよう。

 目を凝らしながら、地面を凝視。

 特に変わったことのない、枯れ葉が溜まっている土壌なんだけど……。


「これ、足跡?」


 5分ほどあたりをウロウロとしていたときに、ようやく見つけた。

 枯れ葉がめくれて露出した地面に、僅かについた模様。少し歪な楕円形。

 すんすんと匂いを嗅いで見ると、……なんか、ハーブみたいな匂いがする?

 

 まあいいや。とにかく、この模様からわかることは、自然にはできないっぽいってことだけ。動物の足跡とか、なにか自然的な現象でできるものではなさそう。

 ……ただ足跡というには部分的すぎて、そう言い切れないのも事実。

 だが、周囲にこれといった目ぼしい手がかりもないので、これを元に追跡するしかないようだ。


 この模様を足跡だと仮定したときに、模様の太さから、身体の向きはこっちかその正反対。

 どっちが前でどっちが後ろかはわからないけど、とりあえず方向は2通りまでは絞れそうだ。

 

 うーん、こっち?

 適当にこっちが前だと仮定して、足跡の向く方向へと飛ぶ。

 そのまま直線状に進むと、小川に突き当たった。ちょろちょろといったレベルの、本当に僅かな流れで、川というよりは湧き水。

 微妙に濁っていて、きれいな水とは言えない。


「……これも足跡じゃない?」


 小川のそば。水を含み、ドロっとした土壌には、はっきりと靴の跡が刻まれていた。

 これはアタリだ! そして、この足跡の方向的に、さっきから進んできた方向で間違いなさそう。


「まだ足跡があるってことは、最近通ったばっか?」

 

 ……それに、ハーブの匂いも強くなったような。

 僅かな匂いには変わりないけど、さっきよりは格段に強い匂い。

 すんすんと、小刻みに鼻へ空気を送り込み、そのハーブの匂いを感じる。

 

 ――これ、もしかしたら、辿れるかもしれない!

 私の鼻は、自慢じゃないけど人よりは良い。なんてったって、遠く離れた訓練場から食堂のメニューを予想して、的中させたことがあるくらいだもん。


 これもドラゴンの特徴なのか。それとも、私固有の特技なのか。

 まあそれは今どっちでもよくて、ハーブの匂いを手がかりに、足跡の示す方向を辿る。


 くんくんくん。

 これは、なんというかシソっぽい!

 ……お腹空いてきたな。さっき食べたばっかだけど。

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