33.ペットみたいじゃん
ティーナとハーヴィーさんが、玄関で私達の幌馬車を見送る。
「ばいばーい!」
「ばいばい、ですわ!」
突然、訪れた別れ。まだまだ話し足りなかったけど、この世界で初めて“友達”と呼べるような人が出来たような気がする。
アイラもライルもルルちゃんも隊長さんも、みんな好きだし、仲もいいけど、どちらかというと「保護者」って感じが強かったし。
でもティーナはその枠には入らない。
たった数十分話しただけなのに、こんなにも寂しさを感じているのは……。
「こんなにも仲良くなるとは思わなかった。……また今度埋め合わせをしよう」
「絶対だよ?」
「ああ、当然だ」
馬車は門を抜け、ガラガラと騒音を立てながら街道に出る。
さわやかに吹き抜ける風も、なんだか嵐の前のような気がして、不必要に胸をざわめき立たせるのだった。
「そういえば……なにが起きたの?」
私は隊長さんに聞く。
相変わらず、木製の車輪が地面を踏みつける音と、その振動で車体が軋む音しか聞こえない。
「――森で男の子が行方不明になった」
◇
「どの班が集まった?」
「2から5班、……それに7班です」
「了解した。これに加えて、デルモラ家の私兵も応援に来る。そのうち到着するだろう」
森の入口には、50人くらいの騎士が整列していた。
隊長さんは到着してすぐ、部下から話を聞きつつテキパキと指示をだしていく。
ちなみに私はやることがないので、隊長さんの隣で大人しくおすわりしていた。
隊長さんによると、行方不明になった男の子は12歳。白っぽい上衣、茶色い髪が特徴。
最後に目撃されたのは、街道を森の方面へ走り抜ける姿だったという。それがおよそ1時間ほど前。友達と遊んでいたのだとか。
私達の近くでは、泣き崩れる母親らしき人の姿。それを騎士が宥めているところだった。
森は人が出入りするエリアもあるとはいえ、魔物も当然生息している。子供1人じゃ、対処するのも難しいだろうね。
私もオオカミに追いかけられた身だから、その怖さはよくわかる。
……とても心配だ。
「ここ半年、魔物が比較的浅い地点でも確認されている。捜索の際は必ず2人以上で行動しろ」
はっ、と騎士たちは短い声で返事する。
指示に従い、どんどんと数人の組ができていく。そして、準備が整った組から、順に森の中へと足を踏み入れていった。
私はその様子を見て、なんだか我慢できなくなった。
「私も手伝いたい……!」
私は隊長さんのズボンの袖をぐいぐいと引っ張る。
隊長さんはその様子に気づいて、私のことを上から見下ろしていた。
「どうした」
隊長さんは言う。
「男の子のこと、心配なの……。それにみんなの役に立ちたい……」
「そうか」
あのときのオオカミの声、罠に捕まったときの絶望感。いまでも夢に見るほどトラウマだ。
でもそんな絶望から脱して、今ここにいられるのは、他でもないアイラに助けてもらったからだ。
いや、アイラだけじゃない。騎士団のみんなが優しく受け入れてくれたから、私は今ここにいられるんだ。
恩返しじゃないけど、ちょっとでもみんなの役に立ちたい。
……それに自慢じゃないけど私、前より強くなったから。
隊長さんはしばらく逡巡していたが、私の頭を軽く撫で、身体をぐいっと持ち上げて抱っこした。
「……任せてもいいか」
隊長さんの声は優しかった。
「いいの?」
「ああ、空から男の子を探してほしい」
私の胸はじわっと熱くなった。
任せられるということは、隊長さんに私が多少なりとも信用してもらってるということだ。
嬉しさからか、ぶんぶんと尻尾が勝手に揺れる。こら、私のしっぽ、落ち着いて!
隊長さんは、捜索するにあたって私にいくつかの約束を伝えた。
1つが、「男の子を見つけても直ぐに助けに行かないこと」だ。代わりに、場所を覚えて地上の騎士に知らせないといけない。
考えてみれば当然だけど、私1人じゃ男の子は運べない。それに空よりも地上の方が危険だからっていうのも理由の1つだろう。
もう1つは、「街道沿いに飛ぶこと」。
理由は簡単――迷子になるから。
ただ男の子は街道で最後に目撃されているし、ここを重点的に探すべきだろう。ちなみにだが、街道は砂利で舗装されているので、たぶん空からでも道は見えると思う。
「あとはこれを付けていけ」
そう言いながら、隊長さんが私の首になにかを掛けた。
「魔物避けの鈴だ。自分の位置を知らせるのにも役立つ」
私の首に掛かっていたのは、紛うことなき“首輪”だった。
そして首輪の真ん中には、そこそこデカイ鈴が付いている。動くと、チリンチリンと高い音が鳴り響く。
「なんでこんなの持ってるの」
こんなのペットみたいじゃん。
いや確かに、騎士たちからはペット扱いされることのほうが多いけどさ!
首を揺らすたびにチリンチリンと音がなるのは、なんだか屈辱的だ。というかなんで持ち歩いてんの。
「勘違いするな。今日の探索には騎士団以外の人間も参加する。
この首輪は、お前が敵対していないことを伝えるための印でもあるんだ」
なるほど。確かさっきデルモラ家の私兵も来るって言ってたっけ。
会ったことのない人がほとんどだから、たしかに攻撃される可能性もあるよね。
そう、これは必要なんだ。隊長さんが言うから間違いない。
これ見よがしに、私は首をぶんぶんと縦に振って音を鳴らしてやった。ちりんちりん。
「おい怒るな……帰ってきたら外せばいい」
「べつに怒ってないよ」
私は隊長さんにそう伝え、隊長さんの腕からとんと降りる。
ぷいっとそっぽを向いたけど、怒ってないのは本当だよ? 今も無駄に音は鳴らしているけど、これには特に意味なんかない。
首輪がなんだか気に入らないだなんて、思ってもないんだから。
「行ってくる!」
「頼んだぞ」
私はそう言って、翼をはためかせた。風が発生し、やがて私の身体は浮き上がる。
その間相変わらず、鈴はやかましく音を発生させていた。ちりんちりん。
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