33.ペットみたいじゃん

 ティーナとハーヴィーさんが、玄関で私達の幌馬車を見送る。


「ばいばーい!」

「ばいばい、ですわ!」


 突然、訪れた別れ。まだまだ話し足りなかったけど、この世界で初めて“友達”と呼べるような人が出来たような気がする。

 アイラもライルもルルちゃんも隊長さんも、みんな好きだし、仲もいいけど、どちらかというと「保護者」って感じが強かったし。

 でもティーナはその枠には入らない。

 たった数十分話しただけなのに、こんなにも寂しさを感じているのは……。


「こんなにも仲良くなるとは思わなかった。……また今度埋め合わせをしよう」

「絶対だよ?」

「ああ、当然だ」


 馬車は門を抜け、ガラガラと騒音を立てながら街道に出る。

 さわやかに吹き抜ける風も、なんだか嵐の前のような気がして、不必要に胸をざわめき立たせるのだった。


「そういえば……なにが起きたの?」


 私は隊長さんに聞く。

 相変わらず、木製の車輪が地面を踏みつける音と、その振動で車体が軋む音しか聞こえない。



「――森で男の子が行方不明になった」



「どの班が集まった?」

「2から5班、……それに7班です」

「了解した。これに加えて、デルモラ家の私兵も応援に来る。そのうち到着するだろう」


 森の入口には、50人くらいの騎士が整列していた。

 隊長さんは到着してすぐ、部下から話を聞きつつテキパキと指示をだしていく。

 ちなみに私はやることがないので、隊長さんの隣で大人しくおすわりしていた。


 隊長さんによると、行方不明になった男の子は12歳。白っぽい上衣、茶色い髪が特徴。

 最後に目撃されたのは、街道を森の方面へ走り抜ける姿だったという。それがおよそ1時間ほど前。友達と遊んでいたのだとか。


 私達の近くでは、泣き崩れる母親らしき人の姿。それを騎士が宥めているところだった。

 森は人が出入りするエリアもあるとはいえ、魔物も当然生息している。子供1人じゃ、対処するのも難しいだろうね。

 私もオオカミに追いかけられた身だから、その怖さはよくわかる。

 ……とても心配だ。


「ここ半年、魔物が比較的浅い地点でも確認されている。捜索の際は必ず2人以上で行動しろ」


 はっ、と騎士たちは短い声で返事する。

 指示に従い、どんどんと数人の組ができていく。そして、準備が整った組から、順に森の中へと足を踏み入れていった。


 私はその様子を見て、なんだか我慢できなくなった。


「私も手伝いたい……!」


 私は隊長さんのズボンの袖をぐいぐいと引っ張る。

 隊長さんはその様子に気づいて、私のことを上から見下ろしていた。


「どうした」


 隊長さんは言う。


「男の子のこと、心配なの……。それにみんなの役に立ちたい……」

「そうか」


 あのときのオオカミの声、罠に捕まったときの絶望感。いまでも夢に見るほどトラウマだ。

 でもそんな絶望から脱して、今ここにいられるのは、他でもないアイラに助けてもらったからだ。

 いや、アイラだけじゃない。騎士団のみんなが優しく受け入れてくれたから、私は今ここにいられるんだ。


 恩返しじゃないけど、ちょっとでもみんなの役に立ちたい。

 ……それに自慢じゃないけど私、前より強くなったから。


 隊長さんはしばらく逡巡していたが、私の頭を軽く撫で、身体をぐいっと持ち上げて抱っこした。


「……任せてもいいか」


 隊長さんの声は優しかった。


「いいの?」

「ああ、空から男の子を探してほしい」


 私の胸はじわっと熱くなった。

 任せられるということは、隊長さんに私が多少なりとも信用してもらってるということだ。

 嬉しさからか、ぶんぶんと尻尾が勝手に揺れる。こら、私のしっぽ、落ち着いて!


 隊長さんは、捜索するにあたって私にいくつかの約束を伝えた。

 1つが、「男の子を見つけても直ぐに助けに行かないこと」だ。代わりに、場所を覚えて地上の騎士に知らせないといけない。

 考えてみれば当然だけど、私1人じゃ男の子は運べない。それに空よりも地上の方が危険だからっていうのも理由の1つだろう。


 もう1つは、「街道沿いに飛ぶこと」。

 理由は簡単――迷子になるから。

 ただ男の子は街道で最後に目撃されているし、ここを重点的に探すべきだろう。ちなみにだが、街道は砂利で舗装されているので、たぶん空からでも道は見えると思う。


「あとはこれを付けていけ」


 そう言いながら、隊長さんが私の首になにかを掛けた。


「魔物避けの鈴だ。自分の位置を知らせるのにも役立つ」


 私の首に掛かっていたのは、紛うことなき“首輪”だった。

 そして首輪の真ん中には、そこそこデカイ鈴が付いている。動くと、チリンチリンと高い音が鳴り響く。


「なんでこんなの持ってるの」


 こんなのペットみたいじゃん。

 いや確かに、騎士たちからはペット扱いされることのほうが多いけどさ!

 首を揺らすたびにチリンチリンと音がなるのは、なんだか屈辱的だ。というかなんで持ち歩いてんの。


「勘違いするな。今日の探索には騎士団以外の人間も参加する。

 この首輪は、お前が敵対していないことを伝えるための印でもあるんだ」


 なるほど。確かさっきデルモラ家の私兵も来るって言ってたっけ。

 会ったことのない人がほとんどだから、たしかに攻撃される可能性もあるよね。

 そう、これは必要なんだ。隊長さんが言うから間違いない。

 これ見よがしに、私は首をぶんぶんと縦に振って音を鳴らしてやった。ちりんちりん。


「おい怒るな……帰ってきたら外せばいい」

「べつに怒ってないよ」


 私は隊長さんにそう伝え、隊長さんの腕からとんと降りる。

 ぷいっとそっぽを向いたけど、怒ってないのは本当だよ? 今も無駄に音は鳴らしているけど、これには特に意味なんかない。

 首輪がなんだか気に入らないだなんて、思ってもないんだから。


「行ってくる!」

「頼んだぞ」


 私はそう言って、翼をはためかせた。風が発生し、やがて私の身体は浮き上がる。

 その間相変わらず、鈴はやかましく音を発生させていた。ちりんちりん。

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