30.お茶会

 私は隊長さんに抱っこされたまま、幌馬車から降りた。

 砦から十数分ほど馬車を走らせ到着したのは、街の少し外れにある立派な邸宅だった。


「すご……」


 レンガ造りの重厚かつ豪華な建物に、庭には彫刻かのような立派な緑のトピアリーがたくさん。

 そんなものに目が奪われつつ、私達は給仕服を着た使用人について、これまた立派な玄関ドアを通り過ぎる。

 「これがお金持ちの家か……」などと思いつつ、隊長さんの腕に揺られていると、ある部屋に案内された。


 そう! 今日は例のお茶会の当日なのだ!

 楽しみという気持ちが半分と、緊張という気持ちが半分。

 隊長さんはなんてことない顔して「ただ他愛もない話をするだけだ」とか言ってるけど、私にとっては初めての経験。

 というか、なにげに砦の外に出るの初めてだからね!?


 使用人が扉を開けた先には、ひときわ豪華なお部屋が広がっていた。応接間のようだ。

 デカいシャンデリアにきらびやかな装飾が施された壁。椅子や机のような家具に至っては、すべての足という足が無駄にくりんとカールしていて、部屋全体が美術品のようだ。

 ……これが、富裕層かっ。


「ようこそお越しくださいました」


 そして――そこに立っていたのは、初老くらいのスーツをバッチリ着込んだ男の人と、まだあどけなさが残る幼い女の子。

 

「私が、デルモラ家当主のハーディーと申します。以後お見知りおきを」


 このいかにも紳士って人が、この地を治める領主――ハーディー・フォン・デルモラ伯爵だ。

 ハーディーさんは華麗な立ち振舞で礼をする。物腰は優しそうで、とても話しやすそうなんだけど、格が違うオーラがぶんぶん漂っている。

 ちなみに、隊長さんとは古くからの友人だとか。

 めっちゃ失礼だけど、隊長って友達いるんですね……。


「そしてこちらが、私の娘のクリスティーナです。……ほら、挨拶しなさい」

「は、はじめまして……お目にかかれて光栄ですわ」


 ハーディーさんに促されて、隣の女の子――クリスティーナも挨拶する。

 父親と同じきれいな金髪だ。年齢は10歳くらいかな?

 鮮やかな群青のドレスに身を包み、綺麗におめかしをしている。だが、そのツリ目気味の瞳はキョロキョロと泳ぎ回っていて、緊張しているのがよくわかる。

 ……かわいい。


「騎士団第8隊隊長のウェルナーだ。そしてコイツがルーナだ」

「よろしく、おねがいします……」


 一応言っておくと、私もめちゃくちゃ緊張してる。

 これがホンモノのドラゴンだったら「爵位なんて私には関係ない」とか思えたんだろうけど、残念なことに私の中身は人間なのだ。

 道中、隊長さんに緊張していることを伝えたら「お菓子が食べられるんだぞ?」って言われた。それは私を安心させる言葉としてはどうなの、と思ったけど……でもお菓子のためならこのくらい耐えてみせますよ。


 ひとしきり自己紹介を終えると、みんな席につく。ただし、私だけは隊長さんの膝の上だ。

 その後、使用人が部屋にやってくると、ティーカップを配って紅茶を注いでいた。ただし、私だけは洋菓子がお茶の代わりに渡された。

 

 私だけ特別扱いだけど……これもひとえに、私がドラゴンだからである。

 さすがにもう慣れたよ……。



 ……紅茶も飲んでみたいなぁ、はあ。



 時刻はお昼時。まったりとした空気が流れる中、和やかな談笑がはじまった。

 特に隊長さんとハーヴィーさんは仲がいいようで、楽しそうに会話が弾んでいる。

 ……のだが、私はどうも気まずい思いをしていた。

 

「……………………」


 ほら、また目が合った。

 私の斜め向かいに座るクリスティーナ。彼女とめちゃくちゃ目が合うのだ。

 かれこれ15分くらい、ずっとだ。

 

 ハーヴィーさんは、ときどき「人との出会いはどうだったのか」とか「砦での暮らしはどうか」とか、話を振ってくれるから、特になんとも思わない。むしろとても優しくて、話もうまいから返答もしやすい。

 だが一方でクリスティーナは、ただ私をまじまじと見つめるだけだ。

 私に話しかけるなどなく、紅茶も手につけず、じーっと見るだけ。

 

 気まずい、とても気まずいぞ……。

 私がちょっと居心地悪そうに体を揺らすと、隊長さんはそれに気づいて私にお菓子を差し出した。


「好きに食べるといい」

「……ありがと」


 隊長さんのもつお菓子に、パクリと齧り付いた。

 片手で持てるほどの、小さなサイズのタルトだ。ホイップクリームが小山のように盛られ、その上にイチゴが鎮座している。


「お……おいしい!」


 私は思わずそう言った。

 サクサクのタルト生地に乗るあまーいホイップ。それだけでも美味しいのに、贅沢にもイチゴを使うことによって、酸味というアクセントを加えている。

 ほのかに香る爽やかな香りが、味の良さを更に引き立てている。


 だが私は気づいてしまったのだ。このタルトに隠された、さらなる秘密を。

 タルト生地とクリームの間。そこに塗られていたのは、イチゴのジャムだった。

 

 なんたる見掛け倒し……! あえて隠すようにしているのは、食べた者に驚きを与えるためだろうか。

 ……こんなん美味しいに決まってるわ。


「実はそのお菓子、娘が作ったんですよ」


 ハーヴィーさんがそう言った。

 へぇ、これ手作りなんだ……すごい。とても目の前の少女が作ったとは思えない出来だ。


 そう素直に感心しつつ、ふとクリスティーナを見ると、なぜか頬が真っ赤に染まっていた。

 それはもう、沸騰したやかんのように。


「ちょ、お父様、それは内緒だって言ったじゃない……!」

「いいじゃないか。ルーナ様も気に入っていることだし」


 小声で言い争うハーヴィーさんとクリスティーナ。

 恥ずかしがることはないし、むしろ誇るべきだとは思うんだけど、本人からしてみればそういうわけにはいかないようだ。

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