29.お嬢様

「なあ聞いたぞ。お前、領主邸に行くんだってな」


 ある日、食堂でご飯を食べていると、ライルがそう話を切り出した。

 ベンチには、私とアイラとルルちゃんとライルが座っている。


「そうなの!」

「お前も……偉くなったな」


 ライルが神妙な目で私を見つめている。

 ……いや、そういうわけじゃないんだけどね!?

 

 私はただ誘われただけで、特にどうというわけではない。

 でもこんな私に、色んな人が会いたいって言っているのは、なんだか不思議だ。嬉しいよりも、ちょっぴり怖いのほうが勝つ。


「お茶会なんて憧れる。あっ……ルーナ、マナーの勉強しないと」


 アイラが僅かにニヤリと笑いながら言った。

 私の手だと、どうしてもスプーンを持ったりすることができない。持てたとしても、今度は口までうまく運べない。

 だってドラゴンだもん。人間のために作られた道具なんだから、私に使えないのは当然。

 ……だから私は、お皿に直接顔を突っ込んで食べる。マナーもへったくれもない。

 

 アイラはそのことを全てわかった上で、そう言っているのだ。ゆるせん。


「ルーナさんなら大丈夫ですよ。もう十分いい子ですし」


 ルルちゃん……。ルルちゃんこそ、とってもいい子だよ。

 そんなことを言ってもらえるなんて、露ほども思っていなかった。


「ルルちゃんすき!」

「奇遇ですね。私もルーナさんのこと好きですよ」


 ふふ、相思相愛じゃん。なんていい子なんだ。

 私ももっと好きだよ、ルルちゃんのこと。



「でも相手は貴族サマよ。なにもされないように気をつけるのよ」


 アイラがちょっと真面目そうな顔をして、小声で私にこう言った。

 だが、その言葉は咳払いによってかき消える。振り向くと、なぜかライルが居心地悪そうにしていた。


「お前、その“貴族サマ”御本人の前でよく言うよな」


 ライルがそう言いながら視線を移したのは、隣に座っているルルちゃんだった。

 その意味に気づいた私は、驚きの声を上げた。


「ルルちゃんって貴族なの!?」


 ルルちゃんの方を見ると、なんだか微妙な表情で苦笑していた。


「別に隠していたわけじゃないんですけど……実は私、男爵家の三女で……」


 ふとアイラを見ると、こちらも驚いた表情をしていた。

 そして先程の失言に気づいたのか、慌てて謝罪の言葉を並べる。

 

 騎士団は実力主義の社会だ。別に貴族であることをひけらかす必要もない。そのため、意外とその辺に貴族がいたりするのだとか。

 そう考えると、アイラの発言は迂闊だった。


「えっ、そうなの。……ごめんね」

「いえ、良いんですアイラ先輩。それに、悪事を考えている人なんて幾らでもいますからね。警戒しておくに越したことはありません」


 ルルちゃんは特に怒るわけでもなく、むしろアイラのことをフォローしていた。

 くっ、これが……上位者貴族の余裕ってやつか……。

 

 詳しく聞くと、実はルルちゃん、ここから遠く離れた場所を領地に持つ男爵家の娘なのだとか。

 5人いる兄弟の中で一番末っ子。本人曰く、「姉や兄が社交界にいてくれたので、わりと自由気ままに暮らせたんですよ」ということらしい。


「てことは、ルルちゃんって……お嬢様なの?」

「言われてみればそうですね」


 ルルちゃんはふふと笑う。

 確かに、ルルちゃんは所作がとても丁寧だ。礼儀正しいし、行動一つ一つがきれいなのだ。

 ただ育ちが良いからだと思っていたが、貴族だと言われればとてもしっくりくる。


 ……あっ、他の人が無礼だとか、そういうつもりじゃないからね!


「すご! あのさ、ドレスとかって着るの!?」

「子供の頃は何度か。学校に通いだしてからはあまり無いですね」


 やっぱすげー! 私は素直に感心した。

 子供のときにドレスを着るなんて、さすがは貴族なだけある。


「し、使用人とかいるの!」

「お家だけですけどね」

「かっこいい!!」


 淑やかに笑うルルちゃんは、騎士の服を着ていながらもどこか高貴な印象を感じさせた。だがそこにいやらしさは全くなくて、むしろ親しみやすさまである。

 でもドレスを纏うルルちゃんも見てみたいなあ……。きっとかわいいに違いない。


「まあ、隊長がいるなら並大抵のことなら大丈夫だろ」

「間違いないわね」


 私以外の全員がうんうんと頷いていた。隊長さん強いしね。

 

 あとでこっそり教えてもらったが、隊長さんも貴族なんだとか。それも結構良い家の出。

 だがちゃんと優秀だったので、実力主義の騎士団でどんどんと出世していったというから凄い。

 そんな隊長さんが同伴するのなら、まあ大体のものは怖くないだろう。


「私、たのしんでくるよ」


 お茶会まであと数日。

 砦の外に出るのははじめてだから、緊張と、興奮が少しずつ高まっている。

 どうすれば礼儀正しくでてきるのか全然わからないけど、一緒に同行してくれる隊長さんのためにもしっかりしないとね。

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