28.ラブレター

「訓練の調子はどうだ」


 いつものように隊長さんの部屋に遊びに行ったときのこと(おやつを貰うため)。訓練がはじまってから1ヶ月くらいが過ぎた頃だ。

 アイラとルルちゃん含め第7班の人たち……あとは、サボタージュに勤しんで私を手伝ってくれる騎士たちのおかげで、訓練は順調に進んでいた。


 空も自由に飛べるし、魔力も自在にコントロールできる。

 無意識に魔力が暴発……つまり、くしゃみで砦を壊す懸念もなくなったのだ!


「じゅんちょーだよ!」


 だから、こう高らかに宣言しても問題はないのである。

 それを聞いた隊長さんは「よかったな」と褒めてくれた。えへん。


「ルルはどうだ、役に立ったか?」

「うん! 私よりドラゴンについて詳しいの」


 ルルちゃんは“エリート魔道士”だって、いつかの食事のときに聞いた記憶がある。確か、第2隊を蹴ってここに来たんだったっけ?

 だから、魔法についてとても詳しいし、アドバイスも的確なのだ。

 おまけに、学生時代は魔物について研究していた事もあったらしく、ドラゴンについても知識がある。本人は趣味程度だって謙遜してたけど、それでも私よりも十分詳しい。……むしろ、魔物について語るときはとても饒舌で、別人かと思ったくらい。

 

 曰く、私がくしゃみでワイバーンを吹き飛ばした時のように、口から炎を出すことを「ブレス」というらしい。これはドラゴン特有の能力。

 このブレスも魔法の一種で、私の場合は青白いのがでる。ガスコンロみたいな色だよ。

 私の場合、くしゃみで感覚は掴んでいたから、ブレスを自在に吐けるようになるまでに時間はかからなかった。


「魔力のコントロールが難しかったかな」

「そうか」


 どちらかといえば、時間がかかったのは魔力のコントロール。ふとした時に、魔力が漏れ出ないように自制する能力だ。

 これもまたルルちゃんが言っていたのだが、「魔力とは生命の源で、これを形にするのが魔法」だそうだ。

 つまり私に必要なことは、その逆。

 ――「魔力を形にしないこと」だった。


 魔法は、イメージが大事。第7班の騎士たちは口揃えて言っていた。

 だから体内の魔力をうまく循環させて、どこからか漏れ出ないようにコントロールする必要があった。


「今は完璧なのだろう?」

「もうくしゃみしても大丈夫」


 訓練によって、無意識に魔力を循環させることができるようになった。これでよっぽどのことがない限り、魔力が暴発することはない。くしゃみ然りだ。

 ルルちゃんがいなければ、絶対にできなかっただろう。とても助かった。


「なら、いい頃合いかもしれないな」

「ん?」


 私がカーペットの上を腹ばいで滑って「海水浴ごっこ」をしているとき、隊長さんは独り言のように呟いた。

 隊長さんは書類仕事を中断すると、おもむろに席から立ち上がり、部屋の隅にぽつんと置いてあった麻袋を掴んだ。


「それなに?」


 私が質問すると、隊長は麻袋を突然ひっくり返した。

 パンパンに膨らんでいた袋は、大量の手紙や封筒を吐き出しながらしぼんでいく。

 バサバサバサと積み上がる手紙は、やがて机を埋め尽くし、真っ白に辺りを染め上げた。


「これが何か分かるか?」

「手紙だよね? ラブレターとかだったりして!」


 机に広がる紙でできた海。砦ではあまり見かけない、上質な紙を使っていることは一目瞭然だった。ぷーんと香水かなにかの匂いまで香ってくる。

 よくもこんなに集めたものだ。


「正解だ」


 えっ、正解なの?

 

 ……なるほど、道理で。

 冗談で言ったつもりだったが、まさか当たるとは思わなんだ。

 でも隊長さん確かにかっこいいから、全然ありえるよ。


「……何か勘違いしているようだが、これは全部お前宛のものだ」

「えっ、私!?」


 驚いた私は、適当に手紙を掴んで、その宛名を読もうとしたけど、そもそも私は字が読めなかったことに気づいた。ちくしょう。


「『ルーナ様と是非お食事を』、『ルーナ様には是非我が屋敷へ』……お前の思っている以上に“ファン”は多いみたいだな」


 信じられなくて、今度は封を破いて中の手紙を取り出してみたけど、案の定読めなかった。

 ……読み書きの勉強しないとな。


「なんで!?」

「噂がどこからか漏れ出たようだな。かなり前から既にこんな手紙が届き始めていた」

「でもなんで私なんかに」


 隊長さんはガサガサと手紙の山を漁り、一つの封筒を掴んだ。


「この差出人は……国王だと」

「国王!?」

「どいつもこいつも、“言葉を操るドラゴン”とコネを作りたいんだろう」


 隊長さんは、ぽいっと国王からの手紙を投げ捨てた。こ、国王様の手紙なのに!

 扱いがぞんざいすぎて心配になるが、一応お断りの返信はしているようだ。

 

「これまでは、俺が全て断ってきた。だがそれも今後は難しくなる」


 隊長さん曰く、私――ドラゴンを自分の元へ取り込みたい人間は大量にいるらしい。

 なぜなら、政治や外交において「ドラゴンと知り合い」というのは、形だけでもカードとなり得るからだ。少しでも仲良くなろうと、私を取り入れようとする。


 もちろん私は人間ではないので、人間のしがらみなんてガン無視することだってできる。でもそうすると、今度は第8隊、そして王国騎士団そのものの肩身が狭くなってしまう。


「2週間後、この地域一帯の領主との茶会だ。俺も同伴する」


 隊長さんは手紙の海からではなく、机の引き出しから一通の封筒を取り出した。

 簡素な封筒には、赤い封蝋がしてある。

 私はその手紙を受け取る。


「もちろん、断ってもいい。重要なのはお前の意思だ」


 私はこくりと頷いた。

 隊長さんは騎士団という組織の人間だから、私にこんな誘いをしなければならないのだろう。だが「卑怯な言い方ですまない」とも言っていたので、やはり私を外に出すつもりも無いのだろう。

 

 でも、ごめんなさい隊長さん。

 いつも騎士のみんなにはお世話になっている。いっぱい遊んでくれて、いっぱいご飯も恵んでくれる。みんな優しくて、強くて、面倒見が良い人たちばかりだ。

 既にワガママ放題で生きながらえているのに、これ以上ワガママを押し通して、第8隊に迷惑をかけるのは嫌だった。

 だから。私の答えは最初から決まっている。


「私行くよ」

「…………本当に良いんだな?」


 ほら、騎士以外の人間にもちょっと興味あるしね。

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