26.ルーナ探検隊(2)

 さっきまでいた訓練場は、砦の敷地の北西にある。

 私はゆっくりと散歩しながら、南の方へと向かっていく。

 気持ちの良い、突き抜けるような快晴だ。風がさあっと吹き抜け、木や雑草を心地よく揺らしている。


「こんにちはー!」


 砦の南は街道に面している。

 おっきな門があって、そこで門番をしている騎士さんに挨拶すると、手を振って返してくれた。


「今日も散歩かい?」

「うん! 久しぶりに探検しようと思って」


 門番さんの問いかけに、私はふふんと喉を鳴らしながら答えた。


「それはいいな。なにか発見したかい?」

「西棟の鳥の巣のヒナがおっきくなってたよ。あとは……隊長さんがご機嫌だった」


 西棟の屋根の下にある鳥の巣から、ぴよぴよと元気なヒナの声が聞こえていた。

 前見たときはこんなに騒がしくなかったのに。卵が孵ったのかな。

 ここなら心優しいムキムキマッチョな騎士がいっぱいいるから、子育ても安心できるね。


 それと朝に隊長さんを見かけたのだが、ちょっとご機嫌そうだった。

 この話をアイラに伝えてみたら「どこが?」って言われてしまったけど、私には分かるのだ。

 歩き方と素人なら分からない表情の違い。第8隊の騎士ならみんな分かるものだと思ってたけど、意外とそうでもないらしい。


「ほう、……冷淡無情とまで言わしめた、あの隊長がご機嫌とは」

「そう! なにか良いことあったのかなあ?」

「だといいな。俺たちも助かるよ」


 その目は、あまり信じてないな?

 答えは隊長さんのみぞ知るけど、……私は自信を持っているよ。


 ……まあいいや。隊長さんが意外と感情豊かなことは、私がちょっとずつ流布していくことにしよう。

 みんな隊長さんを敬い、恐れているけど、実はとても大きく親しみやすいのだ。おやつくれるし。


「じゃあ私あっち行ってくる! じゃあね!」

「またな」


 門番さんと分かれ、私は東側に向かう。

 背が低くて、奥に細長い。建物はいくつかの小部屋に仕切られていて、外側には馬車が置いてある。


「ごめんください!」


 私は元気に挨拶をするが、返ってきたのは人の言葉ではなかった。

 

 ――ブルルルルルル。


 たぶん「久しぶり」と声をかけてくれているのだろう。たぶん。

 

 ここは厩舎だ。馬車を引いたり、騎士が直接騎乗したりする馬が何頭かが飼われている。

 私も時々訪れて、一緒にお昼寝をしたり、臭いをかぎ合ったりして遊んでいる。もうここの馬たちとは、みんな顔見知りである。


 この茶色の子は、すごく元気で人懐っこい。

 逆に隣の灰色の子は、人見知りなんだけど走るのが大好き。

 この黒い子なんかは、私と一番の友だちだ。前は牧草を分けてくれたけど、丁重にお断りした。あれ、パサパサな上にチクチクしてて全然美味しくないんだよね。なぜ知っているのかというと、物は試しにと口に入れてみたことがあるから。二度としない。

 

「おじゃましまー……」


 今日お邪魔するのは、端から2番目のところにある小部屋。

 部屋で牧草をむしゃむしゃ食べているのは、まるで雪につつまれたかのような美しい白馬。奇しくも、私の白銀のウロコと色が近い。


 彼は私のことに気がつくと、一瞬チラッと私を見る。……顔がかっこいい。

 もしこの子が人間だったら、多分めちゃくちゃイケメンだろうな。

 そんな彼は、私を無視して再び牧草をむしゃむしゃと食べ始めたが、ふと私に話しかけるように鳴いた。

 

 ……ブルルル。

 

 えっと、なになに? 「何をしにきた」だって?

 私はちょっと今砦を探検してる途中で。

 

 ――ふむふむ。

 「いつも世話をしてくれる騎士が、しばらく来てなくて寂しい」とな。ふんふん、それは確かに寂しいよね。私もアイラがいなかったら悲しいし。

 あっ、アイラっていうのは、私と仲良しの女の騎士なの。

 ……ふふ、いいでしょー。あとね、ルルちゃんっていう別の騎士とも仲良しなの。


「あ、ルーナ。なにしてんだ、そんなところで」

「ライル! また会ったね!」


 厩の中で雑談していると、ふと廊下に人影が見えた。

 金髪で、若くて、ちょっとだけチャラそうな騎士は1人しかいない。ライルだ。


 そんなライルを目に入れた白馬は、突然首を上げ「ヒヒィィィン!!」と今までにない大きさの声で嘶いた。

 …………このライルが、さっき言ってた騎士なの?

 

「ライル、この子が悲しそうだよ。しばらく来てくれないから寂しい、って」


 私はライルに、この白馬の悲痛な訴えを伝えてあげる。

 白馬の方も、久しぶりに会えて嬉しかったのか、顔を上下に動かしたり、鼻先を左右に擦り付けたりして喜んでいた。ヨダレで顔が台無しだ。馬もライルも。


「ああ、すまんすまん。最近来れてなかったからな」


 ライルにひっついて甘える白馬。ライルも自覚があったのか、謝りながら彼の頭を撫でていた。

 うれしい? ……ああ、それはよかった。もっと来てって伝えるから大丈夫だよ。

 それにさ、私も暇だったら遊びに行くから。友達になろうよ。


「あの、さっきから気になってんだけど…………お前、馬と喋ってない?」

「さあ? たぶん気のせいだよ」


 私はすっとぼけた。私に馬と話す能力なんてないからね。

 話していると言うよりは、相手の気持ちを感じるのだ。馬は賢いから、表情や行動が豊かだし。

 やってることは、隊長さんの気持ちを読むのと同じだ。

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