25.ルーナ探検隊(1)
――カン、カン、カンッ!!
激しい剣戟の音と荒い息遣いだけが、ただ一心に訓練場に響き渡っていた。
軽くも重たいその打撃は、お互いに一歩も譲ることがない。
「がんばれー! アイラー!」
私の応援を聞いて、アイラはスパートをかけた。
相手はライル。今日は、アイラの怪我が完治したということで、リハビリがてらの模擬戦を繰り広げていたのだ。
もちろん怪我が治るまでの数週間、なにもしていなかったわけではないだろう。軽く運動をして、筋力を落とさないように努力していたのも知ってる。
だが、アイラが剣を握るのは、あのワイバーンの襲撃以来となる。
「――しっ、つこいわね!」
ライルが怪我した方の腕ばかりを、執拗に攻撃しているように見える。
これはおそらく意図的ではない。これまでの経験則、無意識下で相手の弱点を感じとり、狙っているのだろう。
アイラも苦い顔をして、その攻撃を受け止めている。でもちゃんと攻撃できてるし、劣勢なんかではない。
――かと思った刹那。
バチンと電撃でも受けたかのように、アイラの剣が弾かれた。
アイラはバランスを崩し、重心が後ろに寄った。大ピンチに見える。
が、これはアイラの作戦だった。
体力だけではライルには勝てない。それにアイラ自身、怪我から復帰したばかり。
このまま真正面から打ち合いをしても、ジリ貧だと考えたのだろう。
戦いの中では――特に一対一の勝負では――、一瞬一瞬のこういった細かい作戦が、勝敗に大きく関わってくる。常に頭を回さないと、相手を打ち倒すことはできないのだ。
「……ッ!?」
ライルが気づいた瞬間には、剣はもう動き始めていた。
しなやかな体の動きを存分に活用し、訓練用の模擬刀と一心同体。
自分の体を動かすかのような自然な所作で、剣は振るわれた。
――スパコーン!!!!
剣身はライルの胸をぶん殴った。
革の鎧がとても気持ちいい音を鳴らして、衝撃を吸収していた。
これが本物の金属でできた刃なら、ライルは今頃死んでいるだろう。
「ま、負けた……」
「やったああぁぁ!! アイラおめでとー!!!!」
私は観客席(という名のベンチ)から走って、アイラの足元でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ふふ、造作もないわ」
「くそ……なにも言えねえ」
ライルは悔しそうに、額についた大粒の汗を腕で拭う。
ふふ、ここは一つ私が慰めてあげよう。
「ライル、元気だして。どんまい」
「アイラばかり応援してた口でよく言えるな」
た、たしかに。どっちを応援するのかといわれれば、迷わずアイラを選ぶ。つまり、ここでライルを励ますということは、追い打ちをかけるようなものだろう。
正論を言われて狼狽えていると、ライルは私の頭をぐりぐりと撫で回した。
「だが、次は勝つ」
「受けて立つわ」
ライルの決意に染まった言葉に、アイラはニヤリと笑いながらそう答えた。
本人たちには敢えて言わないでおくけど、2人は良きライバルだ。
◇
「ルーナ……そういえばさ、午後の魔力制御の訓練は休みよ」
「そうなの?」
模擬戦に使用した道具を片付けに、みんなで倉庫に歩いているときだった。
私は思わず聞き返した。
「詳しくは知らないんだけど、なんか用事があるらしいって」
「全員?」
「そう。全員」
「奴らの顔が目に浮かぶな」
ライルがぼそりと呟く。
……珍しいね。7班の人たち、事あるごとに私と訓練する権利を求めて、小競り合いまでしているのに。
誰も来られないなんて、よっぽど外せない用事なんだろうな。というか、モテモテだな私。照れちゃう。
「私と訓練する?」
「お断りします!!」
尻尾をピンと逆立てて、私は抗議の意思を表明した。
今日の朝したじゃん! アイラと一緒にいれるのは嬉しいけど、訓練は厳しいからやりたくない。それにもう空は飛べるしね。
その否定を聞いて、アイラはいたずらっ子のように微笑んだ。
「じゃあ私は東棟で仕事してるから。なにかあったら呼ぶのよ」
「わかった」
アイラはそう言い残し、その場を後にした。
ちなみにだが、砦には東と西に大きな建物があって、西棟には寮や食堂、東はなんかいろいろある。
ここに来てなんやかんや時間が経ったけど、まだまだ未知な部分が多い。それを解き明かすのが、私の最近の趣味だ。
「これから何するんだ?」
「探検」
「お、おう……」
ライルは困惑したように、私を眺めていた。
倉庫の中。埃っぽくて、じめじめとしている。
私はライルを背中で見送りながら、特に宛もないまま適当に歩き出すことにした。
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