24.みんな仕事しなよ

 ――あの後、普通に捕まった。


 廊下を華麗に駆け抜けて、追っ手アイラを撒こうとしたんだけど、ぜんぜん無理。走ってきたアイラに、普通にばっと捕まった。私の頭の中では、華麗なる逃亡劇を思い描いていたのだけれど。

 足には自信があったんだけどなあ。だってオオカミからも逃げ切れたしさ。

 

 騎士こわい。



 あれから私の訓練が始まった。

 アイラと、第7班の騎士が私のコーチだ。

 

 第7班からは毎日交代で騎士が数人やってくる。みんな私と訓練したいみたいで、話し合いによって当番制になったのだとか。

 ただエルマーさんの配慮によって、ルルちゃんだけは例外で、毎日来てくれることになった。


 アイラは、7班の騎士がいないときの訓練の相手だ。たまに暇な騎士も遊びにきて、一緒に訓練に付き合ってくれる。

 だが、アイラは基本スパルタで、「努力すればなんとかなる!」みたいな感じで接してくる。

 まあ飛行訓練に関しては、アイラの言う通りなので文句は言えない。

 はじめて自転車に乗るときと同じ。実際に飛んで身につけたほうが、習得は早いのだ。


「もっと、もっと早く動かして!」


 アイラが言う。周りでは、非番の他の騎士が私の訓練を見学している。

 私は背中についた翼をパタパタと動かして、風を発生させる。

 ……すると、徐々に体が軽くなり、ついには足が地面から離れた。


「よし、そのまま前」


 私はアイラの指示に従って、重心と翼の角度を前傾に調整する。すると、垂直に上昇していた私の体は、徐々に水平方向へ移動し始め――――墜落した。

 

 ふらふらふらと揚力を失って落下する私。しかしなんとか地面付近で体勢を立て直し、両手両足でスタッと着陸した。


「もう一回いこうか」

「ちょっと休憩させて……」


 私は地べたに這いつくばって、休憩を要求した。


「え、さっき休んだばかりよね?」

「えー!!」

 

 ぶーぶー喚いて抗議する。

 しんどいものはしんどいのだ。空中から落下するのだって怖いし、翼を動かすのだってエネルギーがいる。それを何度も繰り返すのは大変だ。

 嗚呼、アイラのことが鬼教官に見えてきた。アイラだって飛べないくせに、厳しすぎる!


「じゃあ……うまく飛べたらおやつあげる」

「やります!」


 ……おやつは正義だね!

 現金なヤツだって思われるかもしれないが、この世に「夕食の前に食べるおやつ」より勝るものは存在しないのだ。

 

 ふふふ、アイラは気づいていないかも知れないが、これは確実に勝てる勝負なのだ。

 私は結構、空を飛ぶセンスがあると自負している。なぜなら、初日の……それも一発目のトライで、既に垂直に上昇することができていたからだ。

 前後左右に動くのは、体のバランスだとかを気にしなければならない――つまり、難易度は高くなるが、なんとなくコツは掴めそうな感じがしている。だって私、センスあるし。


「いくよ……」


 気合を入れて、翼に意識を集中させる。

 ぱたぱたぱたぱた…………。


「いい感じね。そのまま前」


 ある程度の高さまで達したので、前へと移動。さっきはここで落ちた。

 だが大事なのは、左右均等な力加減。どちらかに重心が傾いたり、どちらかの翼が遅いと、そこからなし崩し的にバランスが取れなくなる。だから真っ直ぐ。前だけを意識して、翼を動かす。


「右に傾けて」


 今度は右だ。この場合のアイラの指示は「右旋回」という意味。

 つまり左の翼を速く動かして、右の翼を遅く動かす。左の翼が発生させる力が上回って、徐々に進行方向が右に逸れていくのだ。


「次は左に」


 一周ほど回ったところで、今度は左旋回。

 いわゆる8の字というヤツ。慎重かつ大胆に、私は翼を動かし、傾け、進行方向をコントロールする。

 ぐるりともう一周。風を切りながら、ぱたぱたと空を舞う。


「速度緩めて……ここに着地」


 アイラが指差す先の地面を目指し着陸だ。

 まずは後方に体を傾けることでブレーキだ。風の抵抗を受け、徐々に対気速度が弱まる。


(よし、あとは降りるだけ……!)


 ゆっくりと、ゆっくりと、翼を揺らすスピードを落とす。

 徐々に揚力を失い、体は地面へと接近する。ちょっとずつ微調整をしながら、体を下ろす。

 ぱたぱたぱたぱた……。

 

 ――スタッ。これは、決まった。


「完璧ね。はい、約束のおやつ」

「やったー!!」


 アイラの指定した場所、まさにその地点ドンピシャに両手両足キレイについて、着陸した。これは文句なし、百点満点に決まってる。

 ぽんと投げられるジャーキー。いつものように空中で捕まえ、食べる。

 むしゃむしゃ、うまい!


「よくやったぞルーナ!」

「天才だな!」


 うえっ、めちゃくちゃギャラリーいるじゃん。

 私が着陸し、おやつをゲットした瞬間に歓声があがった。

 私を取り囲むように立っているのは、たまたま近くを通りがかった騎士たち十数人だ。わらわらと野次馬のように溜まる騎士に、私は呆れた顔をした。

 いや褒められるのは嬉しいけどさ……みんな仕事しなよ。

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