24.みんな仕事しなよ
――あの後、普通に捕まった。
廊下を華麗に駆け抜けて、
足には自信があったんだけどなあ。だってオオカミからも逃げ切れたしさ。
騎士こわい。
◇
あれから私の訓練が始まった。
アイラと、第7班の騎士が私のコーチだ。
第7班からは毎日交代で騎士が数人やってくる。みんな私と訓練したいみたいで、話し合いによって当番制になったのだとか。
ただエルマーさんの配慮によって、ルルちゃんだけは例外で、毎日来てくれることになった。
アイラは、7班の騎士がいないときの訓練の相手だ。たまに暇な騎士も遊びにきて、一緒に訓練に付き合ってくれる。
だが、アイラは基本スパルタで、「努力すればなんとかなる!」みたいな感じで接してくる。
まあ飛行訓練に関しては、アイラの言う通りなので文句は言えない。
はじめて自転車に乗るときと同じ。実際に飛んで身につけたほうが、習得は早いのだ。
「もっと、もっと早く動かして!」
アイラが言う。周りでは、非番の他の騎士が私の訓練を見学している。
私は背中についた翼をパタパタと動かして、風を発生させる。
……すると、徐々に体が軽くなり、ついには足が地面から離れた。
「よし、そのまま前」
私はアイラの指示に従って、重心と翼の角度を前傾に調整する。すると、垂直に上昇していた私の体は、徐々に水平方向へ移動し始め――――墜落した。
ふらふらふらと揚力を失って落下する私。しかしなんとか地面付近で体勢を立て直し、両手両足でスタッと着陸した。
「もう一回いこうか」
「ちょっと休憩させて……」
私は地べたに這いつくばって、休憩を要求した。
「え、さっき休んだばかりよね?」
「えー!!」
ぶーぶー喚いて抗議する。
しんどいものはしんどいのだ。空中から落下するのだって怖いし、翼を動かすのだってエネルギーがいる。それを何度も繰り返すのは大変だ。
嗚呼、アイラのことが鬼教官に見えてきた。アイラだって飛べないくせに、厳しすぎる!
「じゃあ……うまく飛べたらおやつあげる」
「やります!」
……おやつは正義だね!
現金なヤツだって思われるかもしれないが、この世に「夕食の前に食べるおやつ」より勝るものは存在しないのだ。
ふふふ、アイラは気づいていないかも知れないが、これは確実に勝てる勝負なのだ。
私は結構、空を飛ぶセンスがあると自負している。なぜなら、初日の……それも一発目のトライで、既に垂直に上昇することができていたからだ。
前後左右に動くのは、体のバランスだとかを気にしなければならない――つまり、難易度は高くなるが、なんとなくコツは掴めそうな感じがしている。だって私、センスあるし。
「いくよ……」
気合を入れて、翼に意識を集中させる。
ぱたぱたぱたぱた…………。
「いい感じね。そのまま前」
ある程度の高さまで達したので、前へと移動。さっきはここで落ちた。
だが大事なのは、左右均等な力加減。どちらかに重心が傾いたり、どちらかの翼が遅いと、そこからなし崩し的にバランスが取れなくなる。だから真っ直ぐ。前だけを意識して、翼を動かす。
「右に傾けて」
今度は右だ。この場合のアイラの指示は「右旋回」という意味。
つまり左の翼を速く動かして、右の翼を遅く動かす。左の翼が発生させる力が上回って、徐々に進行方向が右に逸れていくのだ。
「次は左に」
一周ほど回ったところで、今度は左旋回。
いわゆる8の字というヤツ。慎重かつ大胆に、私は翼を動かし、傾け、進行方向をコントロールする。
ぐるりともう一周。風を切りながら、ぱたぱたと空を舞う。
「速度緩めて……ここに着地」
アイラが指差す先の地面を目指し着陸だ。
まずは後方に体を傾けることでブレーキだ。風の抵抗を受け、徐々に対気速度が弱まる。
(よし、あとは降りるだけ……!)
ゆっくりと、ゆっくりと、翼を揺らすスピードを落とす。
徐々に揚力を失い、体は地面へと接近する。ちょっとずつ微調整をしながら、体を下ろす。
ぱたぱたぱたぱた……。
――スタッ。これは、決まった。
「完璧ね。はい、約束のおやつ」
「やったー!!」
アイラの指定した場所、まさにその地点ドンピシャに両手両足キレイについて、着陸した。これは文句なし、百点満点に決まってる。
ぽんと投げられるジャーキー。いつものように空中で捕まえ、食べる。
むしゃむしゃ、うまい!
「よくやったぞルーナ!」
「天才だな!」
うえっ、めちゃくちゃギャラリーいるじゃん。
私が着陸し、おやつをゲットした瞬間に歓声があがった。
私を取り囲むように立っているのは、たまたま近くを通りがかった騎士たち十数人だ。わらわらと野次馬のように溜まる騎士に、私は呆れた顔をした。
いや褒められるのは嬉しいけどさ……みんな仕事しなよ。
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