第2章 ルーナの友達

22.医務室

 くああぁぁぁ……。

 大きなあくびをして、体を伸ばす。


「誰もいない……」


 目覚めたのは、いつも見慣れたベッドの上。

 だが珍しく、人がいない。私が起きるのは、いつも一番乗りのはずなのに。

 ……私が高校生やってたときは、めちゃくちゃ朝苦手だったっけ。けど今は誰よりも早く起きちゃう。理由は……昼寝ばかりしてるからだね……。


 そんな昔の記憶を思い返しながらも、シーツの上で立ち上がる。

 そして、ぴょこんと床に飛び降りたところで、大事なことを思い出した。



「――アイラ!!」


 私は半開きの扉をするりと抜けると、廊下に出た。

 たたたたっ、と廊下を爆走して、アイラを探し回った。

 途中、廊下を歩く騎士とぶつかりそうになったけど、私はするりと躱して走り去る。廊下は走っちゃだめって言われてるけど、今は特別だ。


「アイラなら医務室で見たぞ」


 そう教えてもらったのは食堂の前の廊下。

 たまたまライルとすれ違い、アイラの居場所を教えてもらった。


「あんまり暴れまわるなよ」

「うん、ありがとっ、ライル!」


 忠告を受け流しつつ、ライルと分かれて医務室へと向かう。


 最近は砦探検をよくするので、なんとなくだけど砦の部屋の名前はわかるようになってきた。

 ただ文字は読めないから、ドアについてる看板は当てにならない。そのときは、近くの騎士に教えてもらったり、適当に予想してみたりしてる。

 あの書類びしょびしょ事件のあとに、何度か本や書類を見せてもらったことがあるけど、全然なにが書いてるかわかんなかった。会話は分かるのに不思議だ。


「あけてー! だれかー!」


 私はドアをカリカリと前足で叩き、中にいる人に呼びかける。

 ドアノブはまだ開けられないから、こういうときもお願いするしかない。


 ガチャリとノブが傾き、重たい木の扉がゆっくりと開く。ふわっと薬品の匂いが漂う。

 こちら側に開けばドアに跳ね飛ばされるので一応横に退避するが、今回は杞憂だった(内開きだったので)。


「アイラ!!」


 いつもは結んでいるはずの赤髪をおろしたアイラが立っていた。その腕にはぐるぐると巻かれた包帯。痛々しい怪我だが、本人は至って元気そうだ。よかった……。

 私はアイラの足元でぴょこぴょこと飛び回り、喜びを表現する。


「おはよ、ルーナ」


 私の頭をくしゃくしゃと撫でる。聞こえてきたのはいつもの声だった。

 ふふ、やっぱり撫でられるの好きだな。その証拠に、私の尻尾はふるふると揺れていた。


「怪我はだいじょーぶ?」

「しばらくは休養が必要だけど、すぐに治るって」


 よかった、と胸をなでおろす。

 ワイバーン2体という、かなりの強敵だったにも関わらず、奇跡的に死者はゼロ。怪我人はそこそこ出たが、どれも程度は軽いものだったそうだ。

 アイラも腕を爪で切られ、その上腰を強打したようだが、特に命取りになるような怪我はなかった。完治すれば、また騎士として戦える。

 心のどこかで凄くもやもやとした不安が残ってて……でも実際に会ったことで、そんな心配はどこかへ吹き飛んだ。


「あのワイバーン、ルーナが倒したんだって?」

「そうなの!」


 私は得意げに鼻を鳴らした。

 私のくしゃみビームによって、ワイバーンは木っ端微塵だ。

 あの瞬間の、ライルの顔が今でも思い出せる。びっくりを通り越して、無になってたからね。わらっちゃうよね!

 

「これご褒美よ」

「やったー!!」


 どこからか取り出したのは、茶色く芳しい香りを放つ塊。――そう、ジャーキーだ。

 アイラがぽんと空中に投げると、私はそれをジャンプして空中で捕まえる。最近、アイラからおやつを貰うときはいつもこれだ。

 口の中に飛び込んだジャーキーを、私は一心不乱に頂いた。むしゃむしゃ。


「失礼します」


 突然、コンコンとドアがノックされたかと思うと、騎士の1人が入ってきた。


「アイラさん、隊長がお呼びです。ルーナさんも連れてくるように、と」

「ありがとう。すぐに向かうわ」


 どうやら隊長さんがお呼びのようだ。

 ごくりとジャーキーを飲み込んで、私はいつものようにアイラの胸の中に収まった。この抱っこが、一番落ち着く。

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