21.これでいいんですよね?
「油断するな、まだ終わっていない」
そう、まだ戦いは終わっていない。
もう一体のワイバーンが、いまも騎士たちに猛威を振るっている。
「援護しろ」
騎士たちが、残るワイバーンの方へと集結する。
魔道士たちも後方から玉を打ち続けた。魔法のエネルギーの塊であるそれは、ワイバーンにとって厄介な存在だった。
「そのまま押せ!」
誰かが叫ぶ。
その言葉通り、ワイバーンは徐々に後ずさりをしていく。尻尾や翼で騎士をなぎ倒そうとしても、剣や魔法で弾かれ、逆に斬りつけられる。
増援が来た今、どちらが優勢なのかは火を見るより明らかだ。
「グァアア、ギャアアアァァァ!!」
ワイバーンが翼を広げた。
耐えきれなくなったのか、地面を蹴り上げ、翼を上下に揺らした。
飛ぶぞ、気をつけろ。そう騎士から声が上がる。
ワイバーンは強風を発生させながら、徐々にその巨体を持ち上げていく。
飛ばれると厄介だ。騎士たちが、苦い顔でワイバーンに向かう。魔道士の援護も次第に強くなり、ワイバーンの体力を削っていく。
「避けろ!!」
しかし、ワイバーンは浮上すると、少しずつ速度を付け、騎士たちの頭すれすれを高速で飛行しはじめた。
ワイバーンの足には鋭い爪。突き刺されば一溜まりもない。怒りに任せたその動きは非常に読み辛く、厄介だった。
徐々に形勢は逆転されていく。
決定的な遠距離攻撃ができない騎士たちにとって、上空をちょこまかと飛び回る存在は、相性がよろしくない。
低空飛行で騎士たちの命を狙うワイバーン。魔道士がちまちまと攻撃をするも、悠長に狙いを定めている暇などなかった。
「ルルちゃん!!」
私はルルちゃんに呼びかける。
「どうしましたか!?」
「くしゃみ!」
私がそう言うと、ルルちゃんは不思議そうな顔をする。
「試したいことがあるの」
「……聞かせてください」
◇
ルルちゃんは騎士たちの間を縫って、茂みの方へと向かう。そしてガサゴソと中に手を伸ばして、ぶちっとむしり取る。
「これなんかどうでしょう」
「いいと思う」
私は頷く。
ルルちゃんが採集したのは、ふわふわとした猫じゃらしのような植物。先っぽが毛のようになっていて、作戦には最適だった。
そして私はルルちゃんに抱っこしてもらうと、その鼻に猫じゃらしがふさふさと当てられた。
「これでいいんですよね?」
「たぶん!」
こしょこしょこしょこしょ。
鼻先をふわふわとくすぐる毛に、私の鼻は徐々にひくつきだした。
「……ふあっ、もうちょっと」
こしょこしょこしょこしょ。
鼻がどんどんとくすぐったくなる。鼻を撫でられる不快感とそれを取り除こうとする体の拒否反応が、少しずつ少しずつ蓄積していく。
ムズムズという言葉が一番ぴったりだと思う。鼻がぷるぷると小刻みに揺れている。
「でそう!」
その合図を聞いたルルちゃんは、私の体をワイバーンに向けた。
――くしゅん。
くしゃみが出た。それも軽いやつ。
「……本当ですね。もう一回やりましょう」
ちっちゃめのくしゃみだったが、私達は手応えを感じていた。
今度はもっと盛大なのを狙う。
「おい、お前らなに遊んでる!」
近くの騎士たちから、そう怒られた。
違うんです! 実はこれ真面目なやつなんです!!
――事は一週間前。
私が砦の廊下を歩いているときだった。ふわふわふわと、真っ白な綿毛かなにかが舞っていた。
その綿毛は、ふらふらと高さを下げると、私の鼻にダイレクトに着地。ちょっと湿った私の鼻先に、ぺとっと引っ付いて離れなくなった。
そこで出たのが、軽いくしゃみ。くしゅん、と軽く吹き出してみれば、なぜか
壁だよ? それも石でできた、かったい壁が。
このときは分からなかったけど、今なら分かる。
……あれ、魔法みたいなの出てるわ。
「ちょっとまって!」
私はその騎士に言った。
傍から見れば、ルルちゃんと私で戯れて遊んでいるようにしか見えないだろう。だが、これも立派な武器であり、攻撃なのだ!
事実、さっきの小さいくしゃみでも、口元から青白い魔法の玉が出ていた。エネルギーが足りなくて、ワイバーンに到達する前に霧散してたけど。
だから、
「出そうですか?」
こしょこしょこしょこしょ。
私は一生懸命くしゃみを出せるように意識した。鼻先を刺激する綿毛に意識を集中させ……。
――ひっ、ふあっ。
鼻がついに限界だ。ルルちゃんもそれを察知したのか、再び空にいるワイバーンに私の体を向けた。やばい、出るっ……!
ぶえっっっくしょん!!!!!!!!!!
私のくしゃみと同時に放たれた淡く光る火炎。
それは一直線に大気を貫き、直後、ワイバーンの体は――――弾け飛んだ。
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