19.襲撃
隊長さんは目を凝らしている。
ちょうど5分くらい前だろうか。ふと上を見上げたら、ただひたすらに上空を旋回している鳥が見えたのだ。
「隊長、何をしてらっしゃるんですか?」
アイラがやってきた。どうやら一旦作業は一段落ついたらしくて、少しばかり休憩をとるようだ。
隊長さんはその声を無視して、ずっと空を見ている。ぐるぐると周回し続ける、点ほどに小さい鳥を。……もう、見過ぎじゃない? 鳥マニアなのかな。
「あれは、……鳥じゃないな」
「えっ?」
小さい声で呟いたから聞こえなかった。けど、その答えはすぐにわかった。
「おい、戦闘態勢!!」
隊長は大声で叫んだ。休憩中ということで、気の抜けた騎士たちも一瞬戸惑っていたが、すぐに武器を手に取ると次なる攻撃に備えた。
はるか上空に……いた筈だった鳥は、真っ逆さまにこちらへと向かっている。だんだんと解像度が上がるソレの姿を見て、私は息を呑んだ。
「わい、ばーんだ……」
そう認知した時には、すでに目前だった。
鳥だと思っていたソレは、倒したのとは別のワイバーンだった。
上空から滑空してつけた速度は、まさに絶大だ。スピードと質量を合わせた突進は、原始的でありながらも効果的。
そんな攻撃力を引っさげて、ワイバーンは私達めがけて捨て身の特攻――そんな言葉が似合うくらい一直線に飛んできた。
「危ない!!」
なにもできないまま動けないでいると、ふと横から体を掴まれた。
「うっ、あ」
音にもならない声を出しながら、私はなされるがまま体を委ねた。
一瞬の浮遊感、そして衝撃。ぐるぐると視界が回り、砂埃が大きく舞った。背後からは猛スピードで突進してきたワイバーンが、木々に突っ込んでいく音が聞こえた。それはもう爆音で。バキバキバキと木々をへし折っていくその音に、私は身震いした。
……だが、体は痛くない。誰かが私を抱えて、守ってくれている。ぎゅっと私を抱きしめるその温かさには、なんだか覚えがあった。
「……っ」
何メートルか吹き飛ばされ、転がって、ようやく私達は停止した。思わず閉じていた目を開け、辺りを見渡す。
私は若干よろけつつも、なんとかこの4本足で立ち上がった。
「大丈夫、アイラ? 起きて」
私は仰向けに倒れているアイラに駆け寄る。
私を、命からがらワイバーンの突進から守ってくれたのはアイラだった。
「だいじょう、ぶ。にげて……」
か細い絞り出したような声で、アイラはそう言った。
私を助けて、体をどこかぶつけたのか? しかしその考えはすぐに否定された。
前の左足に生ぬるい流体の感触。私は恐る恐る下をみると、赤黒い液体がドクドクと流れ出ていた。なにかの間違いかと思ってアイラを見ると、彼女の片方の袖は一部が激しく破れていて、奥からはゆっくりだが絶えなく赤い液体が溢れていた。これは明らかに、擦りむいたとかのレベルを超えている。大怪我だ。
その瞬間、私の頭は真っ白になった。
「おい、大丈夫か!」
まずいまずいまずいまずいまずいまずい。アイラが、このままだと死んじゃう!
血が溢れて、脈動している。それらは紛れもなく、アイラの腕から吹き出たものだ。
鋭いナイフで切られたかのような裂傷。私がいくら喚こうが、流れ出すことを止めることはできなかった。
「アイラが、アイラがっ……!」
「ルーナ、大丈夫だ、一旦落ち着け。……衛生兵!!」
隊長さんはそうやって優しく言ってくれたけど、私の目からは涙が溢れ出てきた。
えずいて上手く言葉を話せないが、胸から感情がどっと溢れてくる。焦りと悲しみと怒りと脱力感と。私は、どうしてなにもできないんだろう。私は、どうしてこうも弱虫なんだろうか。
感情の波をうまく整理しきれなくて、胸がふわっと浮き立つような感覚に陥る。
「死んじゃいやっ……あいら、いやっ……」
うまく喋れない。大粒の涙が眼球を覆い、前がうまく見えない。
隊長さんは混乱の中衛生兵を探し出し、アイラを治療させると、私にゆっくりと語りかけた。
「落ち着け、深呼吸するんだ」
「でも、血がっ――」
私の言葉を遮るように、隊長さんは私を持ち上げた。顔と顔とが、対等な高さになるように。
俺の目を見ろ、と隊長さんは言う。隊長さんの表情はいつになく落ち着いている。だが、その瞳だけは、大きく燃えたぎっていた。
真っ直ぐな瞳でそう私を見据えると、高らかにこう宣言した。
「誰も死なせない」
私は縦に頷いた。それも強く。
アイラや隊長さんだけではない。ここにいる騎士全員だ。全員が無事に砦まで戻るんだ。
「よし、なら7班に合流しろ。もうこちらへ向かっているはずだ。今の状況を伝えて、その後は一緒に行動しろ」
隊長さんは私を地面に下ろす。
周囲ではアイラ以外にも複数のけが人が出ていて、混乱に陥ってる。だが、まだ勝機はある。ワイバーンは木々に突っ込んだ反動で、ほんの少しだが動けそうにはない。
今のこの機会に、行くしかない。「いいな?」と念押しで確認する隊長さんに、涙をこらえて、私は大きく返事した。
「がん、ばる……!」
私はそう言い残して、第7班のいる拠点の方向へと歩みだした。
私も、少しでも力になろう。
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