18.ワイバーン
――ドーン!
地響きが一回。地面を伝って、揺れが遠く離れた私達のもとへと届いた。それは、騎士たちが森の中に入ってから15分ほど経ったときだった。
「仕掛けたみたいですよ」とルルちゃんが呟く。ガサガサと森がざわめき、ただならぬ様相を呈している。私の心臓はドキドキだ。そんな緊張を感じ取ったのか、ルルちゃんは私の頭を優しく撫でる。
「ここからはあっという間だ。……そろそろ終わるか」
とエルマーさん。その言葉通り、轟音が響いてから1分と経たぬうちに、森は平時の静けさを取り戻した。
「お、帰ってきたぞ」
「アイラ!!!」
しばらくして、森の木と木の間から数人の人影が見えた。その中には、アイラやライル、そして見知った第2班の騎士たちもいた。
私はルルちゃんの胸から勢いよく飛び降りる。
「大丈夫だった!?」
「もちろん。4班があっという間に倒しちゃったから、私達の出る幕じゃなかったわね」
アイラのもとに駆け寄ると、いつものように私をぎゅっと掴まえて、抱っこしてくれた。やっぱりアイラの抱っこが一番かも!
全員怪我もなくワイバーンを倒せたみたいで、緊張の糸がほぐれたのだろう。現場には安堵と喜びの声が広がっていた。
「まだ仕事は終わってないわよ。ルーナもついてくる?」
「はい!」
私は元気に返事した。すると空いている片手でわしゃわしゃと頭を撫でられた。
アイラは私を抱えながらも、テキパキと必要な道具を手にしていく。周りを見回せば、他の騎士たちもなにやらデカイ箱やら袋を持っていたりする。ロープやら、工具やら、何に使うのか全然わかんないけど、たぶん私が作業の邪魔になっていることだけはわかった。ごめんね。
でも私が近くを通るとみんな笑顔になってくれたので、なんだか良いことをした気分になった。みんな優しいね。
準備が整えば、私達は再び茂みの中に入る。荷物を抱えながらは大変だろうけど、やっぱり騎士はすごい。不安定な地面を物ともせず、どんどんと奥へと進んでいく。
「うわ、すご……」
茂みを少し歩いたら、森の中の少し開けた場所に出た。
円形の、広場のような場所。周囲の植物は不自然に折れていたり、踏み荒らされていたりしている。只事ではない雰囲気だが、空は開けているので結構明るい。不気味な感じはしなかった。
そしてそのど真ん中には、大きな大きな生き物が倒れていた。
「死ん、でるの……?」
「いや、まだ気絶してるだけ」
えっ、まだ死んでないんだ。……確かによく見れば、胸のあたりがごく僅かに上下している。
そこにいるのは、茶色い表皮を持った爬虫類チックな生き物。これが、ワイバーンというのか。別名を羽トカゲというらしいが、まさに羽のついたトカゲだ。
確かに私によく似てるけど、やっぱり足の本数が違う。それに、こっちのほうが凶暴そうだ。表情がこう、なんというか……野生だ。
大きさは人間3人分くらいだろうか。私のちっこい体と比べればとてつもなくデカイ。こんなのが暴れまわったら、大変なことになるのは容易に想像できる。
「私、見てるね」
そろそろ作業に入るだろうから、私はアイラの胸から降りる。
うーん、ここでいっか。私は近くにあった適当な木陰のもとに座り、みんなを眺めることにした。
これから念の為ワイバーンを縛り上げるらしい。でその後、仕留める。
いまは完璧に無力化されていて、このままナイフを突き刺して血抜きをしても問題はないらしい。だが、万が一ショックで暴れだしたら困るので、一旦動きを封じようという計画らしい。
騎士たちはみんな、テキパキと各々の作業をこなしている。
あのワイバーン、まだ薄っすらと生きてるんだよね? なんか体の上に乗ったりしてる人いるけど。
私の心配をよそに、ワイバーンは相変わらず眠ったまま。その上から厳重にロープが張られていく。なんどもなんども、前後左右行ったり来たりして、完膚なきまでに押さえつけていく。
そのぐるぐる巻きにされている様は、なんだか私がアイラと出会ったときの姿を思い出す。…………う、嫌な想像はやめよう。あれは忌むべき過去だ。
そんなことを考えながらぼーっと作業を眺めていると、視界の端から隊長さんがやってきた。
「偵察か?」
「そんな感じ!」
ふふ、たしかに偵察といえば偵察だ。砦でも“探検”と称して、いろんな場所を巡ったりしている。毎回いろんな発見があるから楽しいのだ。今日はその延長線上みたいなものかもしれない。
気の抜けた空気に煽られ、私は大きな欠伸をひとつこぼす。
「みんなすごいね、命懸け」
「誰かがやらなければならない仕事だ。みんな、誇りを持って臨んでる」
ここに来てから私は何もしてない。隊長さんは「士気が上がってる」って言ってくれるけど、隊長は優しいからお世辞を言ってくれているんだろう。
アイラも、他の騎士さんたちも、隊長さんも。みんな輝いて見える。
「初めて見たぞ。お前の真面目な顔」
失礼な!
いつも真面目でキリッとした顔してるもん!!
……というのは嘘かも。たまに鏡やらガラスに反射した自分の顔は、いつも間抜けだ。なんというか、舌をしまい忘れた子犬みたいな顔だ。
まあそんなことはどうでもいいや。
「ねえねえ隊長さん」
「なんだ?」
「あれってなんなの?」
私ははるか空の上を指差した。
スッキリと広がる青空の中。一羽の茶色い鳥みたいなのが、ぐるぐると上空を旋回し続けていた。
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