16.鐘の音

「アイラ、これなんの音?」


 呑気に聞いてみたが、その声はこの異様な雰囲気に紛れて、アイラの耳に届くことはなかった。

 あの鐘の音はなにかの合図だろうか。ずんと辺りが静まり返り、一気に緊張感が高まったことだけはわかる。


「ライル先輩、この辺りの道具はどうしたら……!」

「んなもん置いておけ、急ぐぞ」


 ルルちゃんが散らかしたままの剣やらを見て言ったが、ライルはそんなことも構わず寮の方へ走っていく。


「っ、わかりました!」

「私達も行くわよ」


 ルルちゃんがライルの後に続く。アイラも私を抱っこして、その背を追うように駆け出した。

 ふと周囲を見渡すと、他の騎士たちも一斉に同じ方向へと走っているのが見える。

 ……なんだこれ。でも只事ではないことはわかる。ここに来てまるまる二週間くらい経つけど、こんなことは初めてだ。

 その後、私達はライルやルルちゃんと一旦分かれ、さらに他の騎士たちの流れに逆らいながら廊下を走った。


「ルーナ、私の部屋でお留守番できる?」


 寮の入り口に着いたとき、アイラは私をすっと降ろしてこう言った。


「まって! どういうことなの、これ。みんな急いでるし……」

「ごめんね、今は時間がないの。絶対帰ってくるから、良い子でいてほしい」

「全然わかんないよ!」


 私がぶーぶー文句を垂れていると、両ワキをガッチリとホールドされた。

 え、ちょ、動けないんだけど! ……試しに体を捻ってみたが、全然動かない。ねえ、強いって!


「……言うこと聞けないんだったら、森に返すからね」

「それはいやだ!!」


 辛うじて動かせる足をさきほどよりも更にバタバタさせて、その遠心力で逃げ出せないかと必死に抵抗する。が、さすが騎士というべきか。これ……全然抜け出せない! まじで!

 私がバタバタ暴れるのを意に介さず、アイラはスタスタと自分の部屋へと向かう。

 ぐあー!!! 連れて行かれる!!!


「た、たいちょー!! 助けて!」


 ふと視界の端に隊長さんが見えたので、大声で叫んでみた。おーい、たすけてー!!!

 隊長さんもその様子に気づいたのか、私達のもとに近づいてきた。


「隊長さん、隊長さん! 私、森に連れて行かれちゃう!」

「ちょ、ルーナ! そんなこと言ってないって」

「おい、二人とも。遊んでる暇はないぞ」


 隊長に気を取られ、アイラの拘束が緩んだ束の間。私は脱兎の如く腕から逃げ出して、隊長さんの足元に駆け寄った。

 そして私は、隊長さんの両足を盾にするように後ろへ回り込み、足と足の間から頭を出した。


「ルーナを留守番させようと、……隊長も手伝っていただけませんか」


 アイラが困ったように言う。

 隊長はそんな私達の様子を見てなにかを察したのか、しゃがみ込んで私の目をじっと見つめた。


「留守番は嫌いか?」


 私は見上げながらこくこくと頷いた。

 嫌かと聞かれれば、答えはもちろんイエスだ。一人だとやることないし、寂しい。

 騎士たち以外に私の友達といえば、最近微妙に仲良くなった……気がする小鳥だけだ。その小鳥、窓枠までは来てくれるんだけど、私が近づくと飛んでいっちゃうんだよね。でも、近づいてくれるだけ大きな進歩、だと思いたい。

 あとは……前に部屋をめちゃくちゃにしたトラウマがある。あれから花瓶のような、倒れたり落ちたりするものは極力撤去されたけど、やっぱりなにか壊しちゃいそうで怖い。……でもなにも壊さないようにじっとしているのも、それはそれでつまらないから嫌だ。


 ……あれ、私って結構わがまま?


「なら連れて行く。俺が面倒を見るから、お前は作戦に集中しろ」

「いいの!?」

「た、隊長! それは……危険すぎます!」


 なんだかよくわからないけど、留守番は回避できた……みたい?

 だがアイラは納得していないようで、まだ隊長に反論している。


「ルーナを一人にするほうが危険だ」

「それは……どういうことですか。寂しがるから、という理由ですか」

「それも多少あるが……ルーナの存在は既に知れ渡っている。我々と共に行動するほうがより安全だろう」


 その言葉を聞いて私は驚いた。そういえば、ここに来てから騎士以外の人たちを見たことがないし、なんなら砦から一歩も出たことがないよ。だから外の情報にはすごく疎いし、なんなら気にも留めてなかったし。

 私は隊長に確認のために質問した。


「あ、あの。私って、有名人なの?」

「ああ、悪い意味でな」


 そ、そうなんですか……。

 隊長さんの言う“なにかが起きる”とは、たぶん誘拐とか、そういう話だと思う。だってさ、私、城が買えるレベルで高いんでしょ? たぶん億とかじゃ済まないよね絶対。


「……わかりました。ルーナのことはお任せします」

「ああ」


 アイラはついに納得したようだった。

 私も同感です。ずっと隊長さんについていきます。


「ルーナ、隊長の言うこと聞くのよ」


 そう言うとアイラは一歩後ろに下がると、軽くお礼をして去っていった。


「俺たちもいくぞ。遅刻だ」


 隊長さんはそう言って私を持ち上げると、抱っこのような体勢にした。

 そして隊長さんが歩き出すと、私にもその振動が直に伝わってくる。その揺れの中には、意外にも隊長さんの大きな心音も混じっていた。

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