15.模擬戦

 口喧嘩から殴り合いに発展するのかと思ったが、どうやら違うらしい。――いや、全く違うというわけでもないが。


「私に倒される覚悟はできた?」

「お前こそな。俺がその首を斬ってやる」


 物騒なことを口にしているが、二人が手に持つのは木の剣。ふつうに重たいので、殴られると全然痛いらしいが、殺傷能力はあまりない。

 ――つまり、模擬戦だ。一対一で向かい合い、剣を打ち合って戦う。どちらかが戦えなくなったり、急所に剣を突きつけられれば決着がつくという、シンプルなルールだ。


「先輩、用意はいいですか?」

「ええ」「始めてくれ」


 ルルちゃんがそう言うと、左右から返事が返ってくる。

 どうやら私達は審判として呼ばれたみたいだ。ルルちゃんが二人の間に立ち、試合を取り仕切る。ちなみに私はルルちゃんの腕の中で抱っこだ。

 他人の喧嘩に巻き込まれて迷惑な話だ……と思ったが、こんな間近に二人の剣裁きを見るのは初めてなので、わりと楽しみである。ルルちゃんも同じ思いのようで、その表情を見るにちょっと興奮している。

 二人は互いに向かい合い、木の剣の切っ先を相手に向ける。その瞬間から二人の表情はキリリと締まり、練習場内には独特の緊張感が漂う。


「はじめ!」


 その掛け声とともに、二人は大地を大きく蹴り上げ、前へと駆け出した。

 刹那、木と木の打ち合う軽快な音が響く。お互いの剣が交差し、攻撃を防ぎ合う。それから更に一本、二本と、重ねて剣戟が振るわれる。

 二人とも一切の言葉は発さない。しかしその緊張感は、しっかりと伝わってくる。やっぱり騎士だったんだなと、改めて実感する。


「すご……」


 そんな言葉が思わず口から漏れる。

 カン、カンと音を鳴らしながら、剣は右へ左へと縦横無尽に動き回る。どちらかが仕掛けては、どちらかが防ぐ。せめぎ合いのようになっていた。

 しかし十数秒が経過したころ、アイラが僅かに体勢を崩した。


「――――っ!!」


 激しい攻防による一瞬の力の乱れ。本当に一瞬……そう一瞬だった。体の軸がぶれて、ライルの正面を僅かに外していた。ライルもそのことに気づいたのだろうか、アイラの体に向かって強く剣を突き出した。

 しかしその時、アイラがニヤリと口角を上げたような気がした。

 アイラは持ち前の体の柔らかさを活かし、攻撃をすんでのところで上手く躱す。しかしアイラの体勢はさらに崩れてしまった。

 右に重心が偏っている状態。だがアイラはそこまでも織り込み済みのようだった。斜め下から上の方に、すくい上げるように剣を振るってみせた。


 完全に不意をついた攻撃だった。不自然な体勢からの、力の強く乗った攻撃。ライルの表情も一瞬驚いたように固まる。

 だがしかし、ライルはすぐに余裕を取り戻す。下からの攻撃を完全に見切り、素早い身のこなしで難なく躱すと、その後にできたスキを上手くついて、ラストスパートを仕掛ける。

 

 ――カンッ、カンッ、カンッ!!


 今までよりも激しく、そして素早い動きだった。

 アイラも辛うじて応じていたが、右へ左へと、激しい攻撃を防ぎ切ることはできず、ついにまともな攻撃を食らい、その手から剣が飛んでいってしまった。

 無情にもカランカランと転がる剣。ライルの持つ剣の先は、アイラの首元に向かっていた。


「しょ、勝負あり!」


 白熱した戦いに熱中していたルルちゃんだったが、ふと自分の役割を思い出し、慌てて声を発した。

 そして一瞬の沈黙があったあと、緊張の糸が切れたかのように突然アイラが叫んだ。


「―――…………くっそぉぉおおー!!!!!」

「ハッ……俺の言うとおりだろ」


 ライルは、アイラの首に突きつけていた剣を下ろす。

 二人ともぜえぜえと肩で呼吸をしていて、その額には細かい汗すらも見える。30秒にも満たない短い勝負だったが、迫力はもう十分に伝わってきた。

 そんな二人を見ながら、私は思わず言いたくなった。


「すっ、すごかった!!!!」


 私はルルちゃんの腕からピョンと飛び降りて、アイラの元へと駆け寄った。

 正直、こんなにも凄いとは思わなかった。目で追うのが難しいほど、二人の動きは素早くて洗練されていて。

 今まで素振りの訓練くらいしか見たことがなかったけど、やっぱりそんなものとは比べ物にならない。確かに二人は騎士なんだ、と実感させられた。


「次は……勝ってみせるからね」


 私は興奮のあまり、アイラの足元でぴょこぴょこと後ろ足で立って飛び跳ねていた。

 そんな私を見てアイラは笑っていたが、その笑顔の裏に悔しさが見て取れた。


「わかった! 楽しみにしてる!」


 私はそう元気に返事した。アイラはその言葉を聞くと、その場でしゃがみこんで私を掴んで持ち上げた。

 ふふ、私はアイラに抱っこされてるのが一番好きだ。

 ……いやでも、よく考えたら隊長におやつを貰っている瞬間も一番好きかもしれない。あと、砦の中を探索してるときも好きだ。うーん……とても難しい問題だ。


「先輩、とてもかっこよかったです!」


 ふとライルの方を見たら、ルルちゃんに詰め寄られている姿が見えた。その顔は……クールな表情を装ってるが、満更でもなさそうだ。本人は隠してるつもりだろうけど、私にはわかる。


「さ、そろそろ戻ろっか」

「うん」


 アイラはそう言うと、私を持ったまま地面に転がっていた木の剣を片付けるため拾った。

 もう休憩時間も終わりだろう。さきほどの緊張感とは打って変わって、まったりとした空気があたりには流れていた。

 

 くぁ~……。ご飯食べたら眠くなってきちゃった。

 私が大きなあくびをした丁度その時、


 ――辺りにカンカンカンと妙に明るい鐘の音が響いた。

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