13.お手柄

「後であげるから、そんなに落ち込まないの。それに、料理長に頼んでルーナのご飯も貰ってきたからね」

「ごはん!?」


 おやつをお預けにされたショックからしゅんと垂れ下がっていた尻尾は、“ご飯”という単語を聞くや否や、ピンと真上に立ち上がった。

 単純だな、私って。嫌になっちゃう。

 ……でもやっぱり、ご飯は嬉しい!


 アイラは自分のトレーから、1つ小皿を手に取り、私の前にカタンと置いた。てっきりアイラのご飯だと思ってたんだけど、私のために貰ってきてくれたんだね。

 ふと厨房の方に目をやると、恰幅のいい料理人が私の方へサムズアップしてきた。


「ここの料理はマジでうまいんだぜ」


 ライルがまるで自分のことのように、胸を張って言った。

 私だって、ここの料理のおいしさは知っている。なぜなら、ここに来て最初のうちは厨房で出た余り物を貰っていたからだ。シンプルな味付けの余り物でさえ美味しいから、本気出してつくった料理が美味しくないわけがない。


 目の前のお皿には、茶色いタレが絡まった肉と野菜の炒めもの。ホイコーローにそこそこ似ている。甘い芳しい香りがあたりを漂い、私の鼻腔を刺激している。

 私はむしゃりと豪快にかぶりついた。……――うまい!!!!


「ほひひい!」

「飲み込んでから喋りなさい……でも、美味しいのは確かよね」


 アイラは頷きながら言った。

 甘辛くて、ドロッとしていて、……肉の脂がじゅるりと溶け出したタレは、やはりこってりとしているが、意外にもしつこくない。

 病みつきになる旨さ、とはこのことかもしれない。無限に食べられそうだ。


「お前、本っ当に旨そうに食うよな」


 ライルが私の顔を覗き込む。……だって、美味しいもん。

 そんな一言を言う時間も惜しんで、もしゃもしゃと一心不乱に咀嚼していると、あっという間にお皿は空っぽになった。

 ちなみに、アイラとライルはまだ食べ終わっていない。


「私、ちょっと行ってくる」

「うん、……ん?」


 私は一旦ぐるぐると周囲を見回すと、そう言い残して、ひょいと机から飛び降りる。不思議そうなアイラの声を背中に、華麗な着地を見事に決める。

 ふふ、今の身長の倍はあるけどこのくらいなら余裕なのだ! 最初は怖かったけど、もう慣れちゃった。

 そして私は机と机の間、もとい騎士たちの間を通り抜けて、ある方向へと向かう。じろじろと興味深げな視線を感じながらも、私が向かった先は。


「はじめまして」

「えっ、えっ……は、はじめまして……」


 私は斜め上を見上げた。その目線の先。

 つやつやさらさらの黒髪をポニーテールにした一人の女性騎士に、私は話しかけた。さっき話に上がっていた新人騎士のルルちゃんだ。

 彼女は狼狽しまくりながらも、私の挨拶に返事をしてくれた。


「私はルーナ。よろしくね!」

「あの、ルルです。よろしくおねがいします……」


 “ガチガチ”という言葉がピッタリなくらいルルは緊張していた。

 彼女も食事の最中だったが、その机には誰もいない。隅っこの席で、一人粛々とご飯を食べていた。この大きな食堂。見回しても一人でご飯を食べているのは、ルルだけだ。


「一緒にごはん食べよ? 私もう全部食べちゃったけど……」


 私は彼女を誘った。私は食べ終わっちゃったけど、そんなことは関係ないのだ。

 ただ……、一人が好きだったらごめんなさい。ただただ馴染めていないだけだと祈ろう。


「わ、私が、ですか? そんな、迷惑じゃないですか」

「だいじょーぶ。いこ!」


 私はそう言い残して、タタタッと駆け抜けると、アイラとライルのいる席へと戻った。半ば強引かもしれないが、変な遠慮があるのならば必要ない。

 ルルは少し困ったような表情をしていたが、料理の載ったトレーを手に取ると、私のいる席へとゆっくりと歩いてきた。


「お手柄だぞ!」

「やるじゃねえか」


 別の席の騎士たちから、小声で私を褒める声が聞こえる。ふふん、と私は胸を張った。

 他の騎士たちみんなも、なかなか馴染めないルルのことを気にかけていたみたいだね。顔は怖いけど、みんな根は優しいんだよ。……根は優しいって言い方も、ちょっと失礼だけどさ。でも、いい人たちなのはわかるよ。

 ちらりと騎士たちの方を見たが、やっぱり顔は怖かったのですぐに目を逸した。


「し、失礼します!」


 私の後をついてきたルルだったが、ガチガチな、まるでロボットのような動きで席についた。同じ騎士隊の仲間だというのに、緊張しすぎだ。

 私もアイラに持ち上げてもらって、机の上に乗る。


「ルルちゃん、ごめんね。……嫌じゃない?」

「いえ、決してそんなことは! アイラ先輩と食事ができて、とても光栄です」


 ルルはぴしっと背筋を正しながら言った。

 ――これ、私のお手柄だね!

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