11.お手!
砦の中にある運動場のような広場。
「いち、に!」という大きな掛け声に合わせて、騎士たちが剣を素振りしている。訓練のようだ。
だがどうも、どの騎士たちも訓練に身が入っていないように見えた。
誰もがチラチラとある一点を気にしながら、目の前の訓練に集中できていない。
「やめ!」
ある騎士のその一声を合図に、ほかの騎士たちは素振りをやめて、小休憩に入る。
すると、堰を切ったように騎士たちはヒソヒソと小さな声で話し始めた。
「あれが例のドラゴンか……?」
「思ったより小さいな」
「意外とかわいくないか?」
私は意外と耳がいいので、そんな声も丸聞こえである。
……もうお分かりだろうが、彼らが訓練に集中できていない理由は、私の存在の為である。
昨日、隊長と出会った後の話だ。
無事に寮へ帰ってきたアイラだったが、その直後に隊長さんから呼び出しを受けていた。かと思えば、帰ってきてすぐに神妙な顔をしながら「隊長と話したの?」なんて聞いてきた。
どうやら私のことで呼び出されたようで、私の処遇について2人で話し合ったらしい。……アイラがなにも処分されなくて安心した。
肝心の話し合いの結果だが、このまま砦に暮らしてもいいことになったようだ。
よかった、嬉しい!
……ってまあ、なんとなくわかっていたことなんだけどね。隊長さん優しかったし、おやつくれたし。最初に出会ったときは心臓が止まるかと思ったけど、結果的にはちゃんと話してよかった。
「訓練を見た感想はどうだ?」
ふと声をかけられて振り向いた。私の横に並んで立っていたのは――隊長さんだった。噂をすれば、というやつか。
「それよりも視線が気になります……」
私はそう素直に答えた。
「後できちんと紹介してやる。しばらくの辛抱だ」
私がここにいるためには1つ条件があった。それが、ここの騎士たちに私の紹介をすることだ。
砦で暮らしていく私のことを考えた、隊長さんなりの配慮だったらしいけど、……そりゃあみんな気になるよね。
しかもその紹介の方法というのが、訓練前にしれっと「今日からドラゴンのルーナが暮らすことになった。みんな仲良くしてやってくれ」と隊長が軽く言う、というものだった。そして彼らに驚く間も与えない間に、訓練が始まる。
……うん。そりゃあ騎士たちも、なんだこいつって思うよね。
幸いだったのは、私の耳に聞こえるヒソヒソ話の中に、悪口が含まれていなかったことだ。こそこそ「あいつなんかアホそうじゃね?」とか言われたら泣いちゃう。
休憩中の騎士たちは、私を遠巻きに眺めながらも興味津々のようで、彼らの話の内容は私のことで持ち切りだ。
「ルーナ」
私を呼ぶ声が聞こえて、振り向く。聞き覚えのある優しい声――アイラだ。
もちろんアイラも男たちに混ざって訓練を受けている。彼女の首元には汗が滲んでいた。
「どうだった? 退屈なら私の部屋に戻ってもいいけど」
「ううん、みんなかっこよかった。まだ見てる」
私はそう答えた。騎士たちの剣は目に見えないほど速い。あんな金属製の重たそうな剣を、あんなスピードで振るうなんて、流石としか言いようがない。
体育の授業で剣道をやったくらいの経験しかないけど、竹刀ですらけっこう大変なのだ。
「なあアイラ、お前そんなの拾ったのかよ」
アイラの後ろから、男の人の声がかかる。
派手な金髪で、まるでいたずらっ子のような笑みを浮かべながらこちらへと近づいてくる。……この人、どこかで見たことあるような。
「こいつメスか?」
「“こいつ”じゃなくて、ルーナよ」
メスとはなんだ、メスとは!
私は腹が立ったので、尻尾を使い、無言で足をビタンとはたいておいた。
「いてっ、怒ってんのか」
「ライルは女性の扱い方がなってないようね」
アイラがそう呆れたように肩をすくめる。
……思い出した。この人、アイラの部屋にやってきた人だ。ベッドの下に隠れていたから、顔はそんなに覚えてないけど、声は耳にまだ残っている。
ライルっていうのか、覚えておこう……。第一印象は最悪だ。
「噛んだりしないか?」
「ルーナは賢いから大丈夫よ」
興味津々だが少し警戒しながら私を見るライル。
「お手」
ライルはそう言って、手のひらを私の目の前に突き出した。右手をのせろ、ということか。
…………バカにするな、それくらいできるし! でも、絶対にやってあげないからね。
「やだ」
その左手を尻尾でふたたび弾いてやった。
するとライルは、尻尾で弾かれたことよりも、私が喋ったことに驚いている様子で、目をまんまるにして私を見つめていた。
「――喋れんのか!?」
「賢いって言ったでしょ」
ふふふ、私の賢さに恐れおののいたか。
えっへん、と胸を張っていると、アイラは私達を見て笑う。
「二人が仲良さそうで良かった」
「仲良くない!」
アイラのそんな言葉に抗議していると、ふと懐から見覚えのある茶色い物体を取り出した。
「まあまあ、これあげるから」
「おやつ!」
私の尻尾はゆらゆらと揺れだした。
すんすんと匂いを嗅ぎながら、私は吸い寄せられるようにジャーキーの方へと歩く。
しゃがみこんだアイラの前にたどり着くと、私はジャーキーを純真な瞳で真っ直ぐ見つめた。
「ルーナ、お手!」
「うん!」
ええ、喜んでしますとも。
そろそろお腹が空いてきたころなので、小腹を満たせるのはありがたい。
「おい、アイラにはしてるじゃねーか」
私の背後から聞こえた抗議の声は無視して、私はアイラの手からジャーキーを受け取った。
むしゃむしゃとジャーキーを咀嚼する。ふふ、とてもおいしい。人間だったプライドなんて、これの前では無意味だからね!
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