10.一室にて

 アイラは部屋をノックする。

 ウォルナット材のドアは、コツンコツンと小気味よい音を鳴らし、中に訪問を知らせる。


「入れ」


 アイラはその声を聞いて、ドアをおもむろに開いた。

 内心はドキドキだ。隊長がこのようにして自室に人を呼ぶことなど、そうそう無いことだ。無論、アイラも初めての経験である。


「失礼します、隊長」


 そう言いながら部屋に入り、騎士の礼をとる。

 目の前に座っているのは、この第8騎士隊の隊長であるウェルナーだ。書類仕事をしているところのようだ。


「緊急任務はどうだったか?」

「ええ、問題ありませんでした。訓練通りに戦えたと思います」

「そうか」


 朝から魔物が出現したとの報告を受けて、アイラ含め砦の騎士たちは、討伐に向かっていた。

 大きな怪我人を出すこともなく、無事に討伐が完了し、昼すぎには寮に戻ることができた。

 アイラは後衛に配置されているから、直接魔物と手を合わせることはないものの、アイラ自身はその戦いぶりに満足していた。

 

 それを褒めるためだけに呼びつけたのだろうか。

 アイラは一瞬そんなことを考えたが、どうやら違うようだった。


「なあ、最近隠していることはないか?」


 ウェルナーは眉をひそめながら、そんなことを聞いた。


「……いいえ、なにも」


 ルーナは、ドラゴンだ。ドラゴンは非常に珍しい生き物で、目にしたことのあるものは数少ない。

 だが一般的に言われているのは、ドラゴンは異常なまでに凶暴で、強力であるということ。食物連鎖の頂点に君臨する、自然界の王者。

 ひとたび人里に降り立てば、数百人単位の大掛かりな討伐隊が組まれるほどには強力だ。

 

 ……残念ながら、ルーナからはそんな雰囲気は微塵も感じられない。言葉を話せるということもあってか、かわいらしい子供にしか見えない。

 だがそれでも、ドラゴンであることには変わりないのだ。

 ウェルナーが知れば、きっと“処分”される。そうアイラは思っていた。

 だからこそ、嘘をつき、否定した。

 

 しかしウェルナーは、アイラの目がほんのわずかに泳いだことを見逃さなかった。


「騎士の誓いは覚えているか?」


 “騎士の誓い”は、この国の騎士になる者全てが誓う文句のことである。簡単に言えばスローガンのようなものであり、主君への忠誠と騎士としての誠実さを唱える。

 騎士になれば、新人の頃から叩き込まれ、騎士である限りは守り続けなければならない。

 ウェルナーは、ゆっくりと口を開く。


「誠実にあれ、だ」


 ――誠実にあることは、功名よりも重要なこと。

 それはなにも、道徳的な意味だけで言っているのではなかった。

 

 嘘をつくということは、なにかを隠そうとする意思があるということだ。

 その“なにか”とは、大抵の場合“失敗”である。

 しかし、失敗を隠すとどうなるか。……それはやがて、積もり積もって大きな事故に繋がる可能性がある。 その事故がお金に代えられるものならマシだ。だが、身一つで働く騎士たちにとって、現場での事故は命さえも奪いかねない。

 

 だからこそ、情報共有が大切だと。そして、嘘をつかない環境づくりが大切だと。ウェルナーは、経験則から得た合理的な目的を持って、この言葉を伝えている。

 もちろん、アイラもその言葉を耳にタコができるほど聞いていた。


「お前は、俺に嘘をついていないか?」


 ウェルナーは、鋭い目つきでアイラを見た。

 王国随一とも云われる剣技の持ち主であるウェルナーの視線に、アイラは思わず生唾を飲む。


「俺はもう話したぞ、彼女・・とな」


 ウェルナーは言った。


「それは……どういうことですか」

「ルーナ」


 アイラが聞き返すと、ウェルナーは“彼女”の名前を出した。

 昨日の不在の間に会った、ちいさなドラゴンの名前を。


「彼女と話した。この部屋でな」

「……っ!」


 アイラの顔は驚きに染まった。


「ルーナは、まだ子供なんです! 森にも帰せないし、一人で放っておくわけには……」

「だったら尚更だ。ずっとお前の部屋に閉じ込めておくつもりか」


 ウェルナーは、すっと持っていた筆の動きを止めると、アイラの目を見据えて言った。


「正式に許可を出す。彼女を……ルーナを砦に居させる許可を」

「ほ、本当ですか……!」


 再び、アイラの顔は驚きに染められた。


「ただし一つだけ条件がある。……他の騎士たちにもルーナを紹介しろ。どちらにせよ彼女が生きていく上でサポートは必要だろう。だから、皆に周知する」

「それは……ルーナにも聞いてみます」


 ウェルナーはそう付け加えた。それに対してアイラは肯定はせず、ルーナに意見を聞くために判断を保留した。

 そんなアイラを見て、ウェルナーは、


「……いいか、彼女は非常に賢い。だからこそ彼女を利用しようとする者も多く現れるだろう。彼女が望む限り、我々が守らねばならない」


 と言い、ゆっくりとした動作で自らのデスクから立ち上がった。

 そして引き出しを探ったかと思えば、茶色い何かを手に持ってアイラに歩み寄る。


「これをやるといい。とても気に入っていた」

「ありがとうございます……!」


 アイラは再び騎士の礼をとった。

 こうして、第8騎士団の砦に新しい仲間が加わることが許可されたのだった。

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