9.隊長の餌付け
「言いたく、ないです」
「それは、庇っているのか?」
私はこくこくと頷いた。
すると、隊長さんは姿勢を変えると、
「ならばルーナ、君が庇うほどの人間を守ることを約束しよう。この件について何も処分しないし、させない」
と、思ってもみない提案をした。
私は不思議に思って聞き返す。
「ほんとに? なにもしない?」
「ああ、誓おう」
隊長さんは意味ありげに微笑みながら、でも至って真面目な視線で私を一瞥した。
「絶対だよ?」
「勿論だ。俺は騎士になった時から、誠実であると心に誓っている」
私は隊長さんの瞳を見据えた。その目は黒いはずなのに、とても透き通っているように見えた。
私は申し訳ないと思いながらも、隊長さんにアイラのことを話した。
「私は、アイラに助けてもらった。アイラは命の恩人で……」
「そうか」
ああ、言っちゃった。
彼が嘘をついているように見えないから、それを信用して言ったんだけど。――アイラがクビになったら私のせいだ……。
でも隊長さんは、アイラの名前を聞いて驚くこともなく、ただただ頷くだけだった。勝手にアフレコするなら「ああ、やっぱりか」といったところだろうか。
「知ってたの?」
「いや、なにか隠しているのは感じていた。野良猫でも拾ったのかと思っていたが、……まさかドラゴンだとは思わなかったな」
どうやら隊長さんは、アイラが私を匿っていることに気がついていたようだった。
その正体までは気づいていなかったようだが、バレるのは時間の問題だったのかも。
「あのー……」
「なんだ」
私は隊長さんに一つ気になっていることを聞く。
「ドラゴンって、珍しいの?」
私はドラゴンの価値というものがどれほどか分からなかった。そのへんによくいる生き物なのか、それともSSR級の激レア生物なのか。
自分で言うのも何だけど、アイラや隊長さんの反応を推測するに、結構ドラゴンって珍しい生き物だと思う。
「ああ、もちろん。喋れるドラゴンなんて、城が買える値段を出しても欲しいだろうな」
城、そうですか、城ですか……。
確認ですけど、城って、あの城ですよねぇ……。
「すまない、脅かすつもりはなかった。だが……誇張はしていない」
――私の背筋は無事に凍った。
「城が買える」という表現は、比喩でもなんでもなくマジのようで、隊長さんが冗談を言っているようには見えなかった。
そう考えると、最初に出会った人間がアイラで本当に良かったなと思う。でなければ、簡単に売り飛ばされていただろうな。
そんな自分の価値に恐れおののいていると、隊長さんが組んでいた足を戻して言った。
「お前は……これからどうしたい?」
私をまっすぐと見据えた言葉に、私はこう返した。
「森には、帰りたくない、です……」
私の脳裏に、狼に腹わたにかぶりつかれて、血まみれになっている哀れな姿が浮かんだ。それか……お金持ちの人にすごい高値で買い取られて、一生ペットとして暮らす姿。
どちらにせよ、こんな状況の中で生きていける気がしなかった。人間よりも、圧倒的にちいさな体。ドラゴンなんて、強くて凶暴なイメージしかなかったけど、自分の姿を見たらそんなことは嘘だってわかる。
「ならば、この砦で保護させてもらう。それでも構わないか」
「いさせてくれるの?」
私は隊長さんの目をじっと見る。嘘をついているようには見えない。
私がそう聞くと、隊長さんは優しく微笑みながら首を縦に振った。
「当然だ。うちでよければな」
「……ありがとう、ございます」
私のお礼を聞いて、ふっと笑う隊長さん。許可してもらえるとは思っても見なかったので、正直あっけにとられた。
この部屋につれてこられたときはどうなることかと思ったが、隊長さんがすごく優しくて寛大な人で助かった。本当に感謝だ。
「なにか俺に聞きたいことはあるか?」
隊長さんのその言葉に、私は一つ大切なことを思い出した。
「アイラが、どこに行ったのか知りませんか」
そもそも私が部屋から出たのは、アイラを探すためだ。断じて、本来の目的を忘れていたわけじゃない。
私は隊長さんの目を見る。どうやらアイラの居場所について心当たりがあるらしいようだった。
「うちの騎士たちは、いま緊急の討伐依頼で皆出払っているな」
「とーばついらい……?」
「危ない生き物が出たから、それを倒しに行っている」
“危ない生き物”という生易しい単語に、私は嫌悪感を覚えた。
アイラは騎士だ。人々を守る仕事だと彼女自身が言っていた。つまりは最前線で身を振るう立場なのだ。
「それって大丈夫!? 危なくない!?」
「もちろんだ、当然危険は伴う。だが、その程度で死ぬような生半可な鍛え方はしていない」
隊長さんは涼しい顔でそう言った。部下を信用しているのか、大した心配はしていないようだった。
それは……良いことだと思う。アイラがどれほど強いのかは知らないけど、負けるような強さでないことは担保されているようだった。
だが私は、決して安心するなんて、そんな気分にはなれなかった。
「でも、すごく……心配」
そんな私をみて、ふと隊長さんは立ち上がる。
そしておもむろに自分のデスクへと向かうと、引き出しからある物を取り出した。
「おやつでも食うか? これで少し気を紛らわせるといい」
手にしていたのは、茶色く平たい、肉を乾燥させたジャーキーみたいな保存食だった。控えめながらも香ばしい匂いが、辺りを支配する。
なんとなく気づいたことだが、この体は人間のときよりも嗅覚が優れているような気がする。お肉の芳醇な香りも、人の特徴的な匂いも、なんとなくだけど強く感じる。
「美味しいか?」
「うん……」
そんな増幅された風味を感じながら、私はぐしゃぐしゃと鋭い歯でジャーキーを噛み締める。
とても美味しかった。
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