8.ルーナ、尋問を受ける

 振り返ると、制服を着込んだ一人の男の騎士が立っていた。

 ドキリとした。その騎士は、鋭い眼光で私を一瞥する。

 

 黒い長髪をなびかせるその姿は、“騎士”という言葉が一番似合っている(もっとも、アイラ以外に騎士を見たことがないのだけれど)。

 秀でた顔貌、闇がこぼれ落ちたような真っ黒な瞳、薄く穏やかな唇。一言で言うならば、イケメンだ。その特徴的な騎士服でさえ、添え物と化してしまうほどには、彼の容姿には目を奪われる。

 彼の肉体は線が細く、ムキムキなマッチョとは程遠い肉体をしているが、それは決して軟弱なのではなく、鍛え抜いたからこそ無駄を削ぎ落とした肉体であるからだとわかる。

 立ち振舞も洗練されていて、歩いているだけでもとても優雅だ。

 

 私は生唾を飲んだ。

 ぜっ、絶対――偉い人だよ、これ。


「……す、すいません」


 私は、勝手にご飯を食べたことを咎められたかと思い、咄嗟に謝った。

 が、すぐに自分の失態に気が付き、私は口をつぐむ。


「ほう……喋れるのか」


 やばい! そう思った。

 ……私が喋れることが、彼にバレてしまった。

 

 目の前の騎士さんは、ニヤリとしながら興味深いといった体で視線のまま私の一挙手一投足を観察している。

 アイラは「喋れるドラゴンなんて、見たことも聞いたこともない」って言ってたし、明らかに見知らぬ彼の前で喋ったのは悪手だ。

 私の脳裏には、売りとばされて見世物にされている哀れなドラゴンの姿が浮かんだ。……いや、彼がそんなことをする人には見えないけど、そんな事を考えてしまうほどに私は追い詰められていた。


「あの、食べたこと、ごめんなさい、勝手に……」


 しどろもどろになりながら私は謝る。少しでも彼のご機嫌を取るべきだと判断したからだ。

 しかし彼はなんとも思っていない、飄々とした様子で言う。


「なあ、俺の部屋に来て話をしないか?」


 私はただただ「はい……」と、肯定の返事をすることしかできなかった。



 私は彼の後ろをヨタヨタと付いていく。

 あぁ、緊張で足が絡まりそうだ。四本脚だから余計に、だ。

 

 彼に連れて来られたのはある一室。質素で飾りっ気のない、頑丈さだけが取り柄の木の扉が出迎える。

 騎士寮の廊下は相変わらずとても静かで、落ち着いた雰囲気だ。

 

「ここが俺の部屋だ……なに、緊張することはない。怒ったりはしない」


 と、彼は言っているが……本当かなぁ。


「お、おじゃまします……」


 彼が扉を開くと、そこには六畳ほどのこじんまりとした部屋があった。

 床には薄いカーペットが敷かれていて、手前には応接用のローテーブルが、奥には仕事用の文机が置いてある。

 特に目が惹かれるのは、奥の壁にかけられた立派な剣だろうか。物が少ない質素な部屋な中で、シルバーに輝く刀身がアクセントとなっている。


「そこに座るといい」


 私は彼に促されるままに、椅子に飛び乗った。彼はローテーブルを挟んで、反対側の椅子に座る。

 ちょうど向かい合うような形になって、彼の眼光の強さと顔面偏差値の高さに、思わず目を逸らしてしまう。


「あの、よろしくおねがいします……」

「ああ、よろしくな」


 挨拶を交わすと、一瞬の沈黙が訪れる。その沈黙に私はドギマギとしたが、彼はその沈黙を苦痛に思っていないのか、私のことを面白いものを見つめるような目でずっと見ている。


「俺はこの王国騎士団第8隊の隊長のウェルナーだ。……名前を聞いても?」


 た、隊長!? それって、この建物で一番偉いんじゃ……。

 アイラから聞いた話だが、この国の騎士団には16の隊があって、それぞれ城の警備だとか国境警備だとかの役割が与えられているらしい。そしてこのアイラが所属する第8隊は、南の警備を担当する。


 つまりどういうことかというと、目の前に座っている男の人は、アイラの上司だということだ。そして、国に16人しか居ない、騎士隊を束ねる長であるということだ。

 はあ……くらくらしてきた。これは……迂闊なことはできない。というかこの状況自体は、私の迂闊さが招いたような気がするが、今は目を瞑っておこう。


「る、るーな、です」


 私は正直に、アイラに付けてもらった名前を答えた。


「呼んでも問題ないか?」

「はい……」

「ルーナだな。いくつか質問をさせてもらうぞ」


 私はこくこくと頷くしかできなかった。

 まるで凄腕の刑事を前に、尋問でも受けているような気分だ。背中にあふれる冷や汗で、ひんやりとしてきた。カツ丼ください。


「どうやってここに来たんだ?」

「…………」

「いや……誰に連れてきてもらった、というのが正解か」


 隊長さんは、私を連れ込んだ犯人を探しているようだった。そりゃそうだ、こんな生き物が勝手にうろついていたら、犯人を探さなければならないのも無理はない。

 でも私は命の恩人であるアイラの立場を、危うくさせるつもりなんてなかった。だから、私は首を振った。内心は汗ダラダラなんだけどね!

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