7.奇妙な声
「おはよぅ……」
次の日の朝。窓から差し込む輝かしい日光に刺激されて、私は目覚めた。
今日は昨日よりも長く寝た気がする……。
「あれ、アイラ……?」
…………おかしいな。
昨日は一緒に、私が壊した花瓶の片付けをして、ご飯を食べて、おしゃべりをして、一緒に寝て。ずっと一緒に居たはずだ。
なのにベッドの中に、アイラはいなかった。
「どこかに出掛けたのかな」
ぽつんと一人きりのベッド。アイラはどこにいったのだろうか。
なんだか寂しくなって、私はベッドの上をぐるぐると周り、その次はベッドから飛び降りて部屋を探した。トイレにでも行ったのだろうかと、しばらく部屋で大人しくアイラの帰りを待ってみたが、帰ってこない。
部屋はとても静かで、まるで誰も居ない空間に来てしまったかのようだった。
「…………ドア開いてる」
私は部屋の扉に目をやった。半開きの扉に。
私は「アイラに何かあったのでは」と突然不安になった。ドアを開けっ放しで行くなんて……閉めるの忘れちゃったのかな。
いやでも……どうしよう。
アイラのことがものすごく心配になってきた。でも……部屋から出るなとも言われてるし。探しに行くのはやめたほうがいいよね。
しばらく私は考えて、半開きの扉の隙間から、部屋の外を覗いてみることにした。
「誰も居ない」
部屋の外は廊下だった。私のいる部屋の両隣にも扉が並んでいて、たくさんの部屋があることがわかる。
しんとしていて、人の気配はなかった。廊下に響くのは、私の小さな声だけ。それ以外は静寂が広がっていた。
私は一歩、部屋の外へと恐る恐る踏み出した。
「…………」
やっぱり廊下はシーンとしていた。
床はタイルだ。だから、私の爪の音がカツンと響いて消えていく。
私は居ても立っても居られなくなって、言いつけを破り、騎士寮を探索することにした。きっとアイラの居場所を示す手がかりが得られるはずだ。
カツンカツンと軽快な足音を響かせながら、私は廊下の端っこを恐る恐る歩いていく。万が一、アイラ以外の人に出会ってもすぐ逃げられるように、隠れられる場所を逐一確認しながら進んでいく。
心臓はバクバクとなっているけど、見知らぬ光景に意外にも心が躍る。
……すんすん。
ふと、いい匂いがした。これは……いつも食べてるお肉の匂いだ。
見回してみると、ある部屋が匂いの元であることに気づく。扉はなく、スイングドアだけで隔てられているので、私でも簡単に入ることができる。少し覗いてみると、調理場みたいなところだ。
「おなかすいたな――って、人だ!」
調理場からの香りに意識を取られていると、ふと視界の端に、廊下を歩く人が映った。
私は少し焦りながら、隠れる場所を探す。……ここしかないな。
私はスイングドアの下をくぐり、調理場の中に入る。
「いった、かな?」
調理場はモノが多くて隠れるのに最適だ。私は机の陰に隠れながら、廊下を通る人を見送る。
顔は見えなかったけど、おそらく騎士だ。……カッチリとした制服を着ていたので、無骨な鎧なんかを身に着けたアイラとはまた違った雰囲気だ。
というかあの服の人、どこかで見たような。
……まあいいや。私には関係のない人だ。
「この匂いはどこからだろう」
――すんすん。
騎士に遭遇するという緊張から解き放たれた私は、胸いっぱいに空気を吸い込んでみた。
起きてからまだ何も食べていないので、この美味しそうな匂いには刺激される。私のお腹が鳴るのも時間の問題だろう。
私はアイラ捜索任務を一旦中断して、この調理場に漂う芳しい香りの元を辿ることにした。
ぐるぐると調理場を見回すと、その源泉らしきものを発見することができた。
調理台の上にある金属のトレー。食材は見えないが、匂いは明らかにそこからだ。
調理台の中腹には棚があって、そこを足がかりにできそうだ。
……ふふふ。私ともなればこの程度の高さ、簡単によじ登れるのだよ!
うんうんと格闘しながら登頂に成功すると、トレーの上には山盛りのサイコロステーキが盛られていた。
「ちょっとくらいなら……バレないよね……?」
ホカホカとまだ湯気を立てながら、いい感じに焦げ目のついたその茶色い肉塊からは、ダラダラと肉汁が溢れている。その様は、まるで私に対して「食べてくれ!」と誘っているようだ。
こんなの、我慢できないよ。私のお腹はついに音を上げて、ぐぅ~と力ない音を出した。
「……いただきます」
もしゃもしゃとステーキのひとかけらを口にしてみる。
もしゃもしゃと、もぐもぐ……うん、うまい。当然だ、こんな憎らしい見た目をしながら、まずいわけがない。
……もう一個いっちゃおうかな。
一瞬、「食べれば怒られるんじゃないか」という葛藤があったものの、私の“食べる・食べない”の天秤は、簡単に“食べる”に傾いた。へへ、食欲には抗えないのだ。
ぱくり、ともう一つ肉の欠片を頬張る。もぐもぐ……やっぱり美味しいな。
軽い塩胡椒のシンプルな味付けだけど、肉本来の味を邪魔しないように調整がなされている。流石だ。私は舌鼓を打ちながらその味を堪能した。
――これ、美味しいな。
私は堰を切ったように、パクパクと残りのサイコロステーキを食べ始めた。
これが人間の性だ。一度、二度してしまったことは、三度、四度としてしまう。私いまドラゴンだけど、精神は人間なのでノーカンだ。
ばくばく、もしゃもしゃ、とても美味しいので、お皿にがっついて食べる。イケないことだとは分かっていても、全然止められない!
「――なにをしてるんだ」
「ぴゃッ!!」
突然、私の背後から男の声がかかった。
油断していたので自分でも聞いたことのない声を出して驚いてしまった。
「奇妙な声で鳴くんだな」
私の背後の声は、そう言いながら私に歩み寄ってきた。
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