6.窓の外と机の上
翌日の朝。
あの後私達はおんなじベッドで眠り、一夜を明かした。
いや、最初は専用の寝床をつくってくれてたんだけど、気づいたら布団の中に潜り込んでたみたいなんだよね。布団の中はとってもあったかくて、自分でも思っている以上にぐっすり眠ってしまった。
「じゃあ私行ってくるから。大人しくしててよ」
「はーい」
私はお行儀よくベッドの上に座り返事をする。
その間もアイラは慌ただしく準備をしている。これから“仕事”に行くと言っていた。昨日の森で出会ったときと同じ服装だ。鎧を身につけ、腰には剣を据える。
「たぶん、昼すぎには帰ってくるから」
「わかった!」
そう元気よく返事をすると、私はアイラを見送った。
――バタン、扉が閉められた。
「昼過ぎだからね」
かと思えば、ドアが再び開かれて、アイラがそう名残惜しそうに言った。
わかってるって! 私だって一人でお留守番くらいできるし!
◇
あの後、私はお昼寝をして時間を潰そうとしていた。が、アイラの布団の中でぐっすりと眠ったので、さすがに昼まで時間をつぶすことはできなかった。たぶんだけど、一時間くらいしか寝れなかったと思う。
その後は、ごろごろとベッドで転がってみたり、布団の中に飛び込んで遊んだりしてみたけど。
……暇だ。
……めちゃくちゃ暇だ。
分かっていたことだけど、この部屋には暇つぶしできるものがない。片付いてるのはいいことなんだけどさ。
ふとベッドの縁に足をかけて、窓の外を見てみると、人の姿が見える。とりあえず、これを見て時間を潰そう。
「すごい……戦ってる……」
窓の外では、剣を構えた人々がお互いに向き合って、バチンバチンと打ち合っていた。窓越しでもその気迫が伝わってくるくらいには、みんな本気だ。
アイラも男の人たちに混じって戦っているのが見えた。かっこいい。
昨日アイラに聞いたことだが、アイラは“騎士”という職業で、この地域一帯の治安を維持する仕事をしているらしい。警察官みたいな感じなのかな。今のこの打ち合いも訓練だ。
そして私のいるこの建物が騎士たちの寮だ。アイラも実家を離れて、この地で生活しているのだとか。
「……目が合った?」
じろじろと騎士たちの様子を眺めていると、その傍らに立つ一人の男の人と目が合ったような気がした。
私の存在がバレたのでは、とドキリとしたが、すぐにその人は目の前の騎士たちに向き直った。
「気のせいだよね、たぶん」
その人は、打ち合いをする騎士たちと違って白い制服を身に着けており、他より抜きん出て偉い人のように見えた。
教官かな? ……まあ私には関係のない話だ。
「……飽きた」
15分くらい経ったところで、私は飽きた。
騎士たちの訓練がつまらない訳ではないけど、音もなくて、遠くから眺めるのはあまり迫力がない。
「ほっ、よっと」
私は早々に窓から離れて、ベッドから飛び降りた。
「あの本、取れないかな」
次に私が目をつけたのは本棚だった。本が読めれば、時間が潰せるのではないかと考えたからだ。
まず私は、本棚の隣にある書机の上に乗ろうとした。
はっ、とぉっ!
椅子を足がかりにして、二段ジャンプの要領で机の上に飛び乗る。上には書類があったので、汚さないように慎重に歩く。――ふふ、この程度の高さなら、全然余裕ってもんよ。
私は本棚を横から見つめる。問題は、本棚の本をどうやって取り出すかだ。
とりあえず……飛び乗ってみよう。
本棚の天板にはスペースがあって、ここに上手く乗ることができれば、目的は達成できるだろう。落ちても足から着地すれば、怪我するような高さじゃないしね。
……よっ、と。
私は机から本棚に向かってジャンプをしてみた。
「あっやば」
――バサバサ。
うまく着地はできた。上手く飛び乗ることができた。しかし、私が飛び乗った衝撃で、本が雪崩のように落下していったのだ。
うんうん、まだ焦るときじゃない。
というか目的の本を取り出すのには成功したし、結果オーライなのかも。
……いや、流石に出しすぎだ。下を見ると、十冊は山になっている。うーん、どうしたものか。
まぁとりあえず、地面に降りよう。話はそれからだ。
うー……よっと。
私は机に飛び戻ろうとした。
「あっ」
――ガタン、バリン!!
激しい音をたてて、陶器の割れる音が響いた。
机の下を眺めると、“花瓶だったもの”が山積みの本へと降り注いでいるのが見えた。花瓶の中に入っていた水はというと、机の上を池にしたあと、滝のようになって本の山へと降り注いでいた。
つまり、机の上の書類も、地面においた本の山も、どちらも水没させてしまった。
「……どうしよ」
私は机の上と下の惨状を眺めながら、真っ白になってただ動けずにいた。
◇
「ルーナただいま……って、どうしたのこれ!?」
アイラの驚くような声が響き渡る。嗚呼……耳が痛い。
「ごめんなさい……」
私はというと、ベッドの隅っこでうずくまりながら、惨状から目を背けていた。この体では片付けることもできないし、申し訳無さからこうするしかなかったのだ。
しっぽはしゅんと垂れ下がり、目からは涙が零れ落ちそうだった。何回泣くんだ、ここに来てから。
アイラは私の方にゆっくりと近づくと、優しく宥めるように言った。
「はぁ……。怪我がなくてよかった」
「………………怒ってないの?」
私は思わず聞き返す。が、アイラは至極当然のように答えた。
「怒ってないわ」
どうして、と思った。
私は本の山に目を向けた。ビショビショになった本や書類たち、粉々になった花瓶。すべて私の所為で起こったことだ。なのに、どうして?
「その反応、わざとじゃないんでしょ? 片付ければ大丈夫だから」
アイラはそう言ってくれた。その言葉にすくわれたような気がした。
でもでも、アイラの物を壊してしまったことには変わりない。
「本、濡れちゃったし」
「乾かせば読める」
「書類もぐしょぐしょだし」
「また書けばいい」
拾ってきてもらって、無理を言って寮に置いてもらっている立場なのに。申し訳なかった。
謝っても本が棚に戻ったり、花瓶が元の形に戻ったりしないことなんて、とっくにわかりきっていた。でも、今の私にはこうするしかできないから、何度も謝った。
「……ごめんなさい」
「わかったわかった。お昼ごはんでも食べる?」
そんな提案に、私のお腹から「ぐおおぉぉ……」と地響きのような音が鳴り響いた。私のお腹は、いつも正直だ。
赤面する私に、アイラは笑いながらご飯を取りに、部屋の外へと出ていった。
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