5.あたたかい食事
「そういえば、ドラゴンってなにを食べるの? なにか好きなものはある?」
彼女がそんなことを言いながら、トレーを両手に戻ってきた。ここからはよく見えないが、おそらくあのトレーの上には料理が乗っているのだろう。
「…………さあ」
「どういうことよ」
ドラゴン生活初日なので私だってよくわからないよ!
そんな気持ちを込めた「さあ」だったが、案の定彼女からのツッコミを受けた。うーん、私ってなに食べるんだろ。なんでもイケそうな気がするけど。
「余りの肉を貰ってきたから、これでも食べなさい」
「やった! ……って、な、生?」
めちゃくちゃ生だった。新鮮そうな真っ赤な肉が、こまぎれになって皿に盛られている。
これはユッケみたいな、生で食べるのが普通の料理……でもない。本当にただの生肉をそのまま持ってきただけじゃ……。
「焼いたのがいい」
「え、ええ……」
彼女は困ったように言ったけど、渋々といった様子で皿を持って出ていった。そして数分後、彼女が戻ってくると、今度こそは焼かれたお肉が完成していた。香ばしい匂いが部屋に漂う。
「やった!」
彼女が地面にトレーを置く。その上の皿には、サイコロステーキのような細切れの肉が、山盛りにのせられていた。直火で焼いたのであろう、美味しそうな焦げ目がついているが、ところどころまだレアのままだ。
これは……美味しそう! 味付けはおそらく塩だけだろうが、それでも全っ然十分だ。焼き肉は最高だね。
私は傍らに置いてあったフォークを手に取り、肉を突き刺そうとする。
えいっ、えいっ……。
ちょっとまって。私、フォーク……持てない……。
いや正確には、「持てるけど扱えない」だ。全然思ったように、フォークが扱えない。
その様子を見た彼女は、至極真面目にまたツッコミを入れた。
「その手じゃフォーク使えないでしょ」
「デスヨネー……」
うーん。分かりきってはいたことだけど、この手、この体じゃ、フォークという“人間の道具”を扱うのは無理そうだった。
やっぱり、といった面持ちのまま、私は恐る恐る顔をお皿に突っ込むようにして、肉を頬張った。
……うん、こっちのほうが今はしっくりくるな。悔しいけど。
「美味しい!」
「それはよかったわ」
お肉の味は間違いなかった。しょっぱい塩の味と、やわらかい肉の旨味とが合わさって、口の中がとっても幸せだ。食感も柔らかくて素晴らしい。
そんな美味しいお肉に舌鼓を打っていると、突然ドアがノックされた。
なにごと!? と思ってドアの方を見る。
「アイラ、入るぞー」
「ち、ちょっとまって!」
外から聞こえたのは男の人の声だった。
その声を聞いて、彼女は焦ったように私に指示を出した。
「ねえ、隠れて、早く!」
「へ、へい!」
「――おい中に誰かいるのか?」
私はその指示を受けて、少し慌てながら隠れる場所を探す。
……うん、ここだな。私は彼女のベッドの下に潜り込んだ。
――げほっげほっ。
うわぁ、すごく……埃っぽい。
「ごめんおまたせ」
「隊長から、この書類を渡すようにと伝言を受けたんだが」
私がうまく隠れられたのを確認すると、彼女はドアを開けて、男の人と相対した。私はその様子をベッドの下から、こっそりと聞き耳をたてて観察する。
若くて金髪の、年齢は彼女と同じくらいの人だった。服装は、森で彼女が着ていたのと同じ、革製の鎧を身に着けていた。
「……お前、肉食ってたのか?」
男の人は、私のご飯を見てそう質問する。
「床で?」
彼は床に置いてある皿を訝しげに見つめる。
「え、ええ、まあ」
「ふーん、そうか」
どこか腑に落ちないようだが、うんうんと頷く男の人。
「期限は明後日だぞ」
「わかった、ありがと」
「あと……食事は机の上でしたほうがいいと思うぞ……」
彼はそう言うと部屋から立ち去っていった。
これ……私のせいで、床で食事するタイプの人間って思われてない?
「ふー、危なかったわ。……出てきていいわよ」
私は恐る恐るといった体で、ベッドの下から這い出る。
うえ、ホコリが口に入って気持ち悪い……。
「ん、どうしたの?」
じろじろと目を見つめていると、彼女がそう振り向いて言った。
「……アイラ」
「なに?」
「名前……アイラさん」
さっき男の人が言っていた「アイラ」という名前。紛れもなく彼女の名前だった。
今まで名前を知らなかったので、盗み聞きとはいえそれを知れて嬉しくなったのだ。彼女は、私の命の恩人だし。
「アイラでいいわよ」
「わかった! アイラ」
ぶんぶんとしっぽを振りながら、私はその名前を呼んでみた。ふふ、いい名前だと思う、アイラ。そんなに歳も離れていないはずだし、ぜんぜんタメ口でもいいよね。……いいよね?
歳がわからない以上どうしようもないと割り切った私に対して、アイラはこんな質問をしてきた。
「……そういえば、貴方、名前はあるの?」
「名前?」
名前なんて当然ある。女子高生だった“前世”の名前が。
「あれ、なんだっけ?」
……思い出せなかった。
なぜだろう。自分の名前の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。これは……死んだときのショックで忘れた?
悲しいという感情とかよりも、不思議という感情が勝ってしまうし、いまいち自分の名前が思い出せないという実感が湧かない。
私がうんうんと悩んでいると、アイラは朗らかにこう提案した。
「じゃあ私が決めてあげる」
そ、そうなるよね。私が名前を思い出せれば良いんだけどさ……でも気分は悪くない。命の恩人でもあるアイラに、素敵な名前を考えてもらえるのはやぶさかではない。
「……『シロ』とかどう?」
えっと……安直すぎない? いや、べつにダメだとは言わないけどさ。確実に、体が白いってだけで付けてるよね? しかも3秒くらいで考えたよね?
ネーミングセンスもそうだし、適当に考えたということが不満なので、軽く頭突きをかましてやった。
「いてっ! なにするの」
「やだ。ちゃんと考えて」
大げさに痛がるアイラだったが、今度は本気で考え始めたのか、顎に手を当てて考え始めた。
しばし沈黙が訪れるが、私はそわそわしながらもアイラの表情を逐一観察していた。
「じゃあそうね……」
アイラは、窓の外の暗くなり始めた空をしばらく眺めた。空には真っ白な月が登りかけていた。
「『ルーナ』とかどう?」
おそらく、あの空に浮かぶ満月から連想してつけたのだろう。きれいな月だ。
私はアイラの胸元に飛びついた。
「いてっ! ……また駄目?」
「ううん、嬉しい。ルーナ!」
決して嫌ではなかった。むしろ、とっても嬉しかった。
……ルーナ。いい名前だ。私はその名を何度も反芻しながら、アイラの胸の中でただただ喜びを噛みしめるだけだった。
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