4.ドラゴンなのに?

「もり、森に帰る……?」

「ほら、行きなさい」


 えっ、ちょっとなにいってるかワカンナイ……。

 私は森の奥の方をちらりと見た。なんの生き物かも分からない恐ろしい鳴き声が聞こえ、奥に行けば行くほど暗く見える不気味な空間が広がっている。もう日が傾いてきたということもあってか、さっきよりもより一層不気味だ。あのオオカミのいる超危険な場所に戻れなんて……絶対無理だ。


「……こわ、い」


 先程の悪夢を思い出し、私は体をブルリと震わせながらそうアピールした。

 あのオオカミの目つき、食べ物に飢えた表情、統率の取れた群れの足音、それらすべてがトラウマだ。


「ドラゴンなのに?」

「はい……」


 彼女は呆れたように言った。

 ……で、でも、しょうがないじゃん! 私は望んでドラゴンになったわけじゃないし、ドラゴンになってまだ1日目だし……。


「じゃあどうするの。これから」

「………………」


 彼女の言葉に、私は何も言うことができなかった。

 何を言われても、森の中に戻る気なんてさらさらない。だが、どこか行くあてなんてものもなかった。

 もう家に帰りたい気分でいっぱいだが、私はこの地で身よりもない、無一文の、ただの弱っちい獣だ。帰る家なんてもう無い。……というか、こんな姿で家に帰ったら家族がショック死してしまう。

 だから、私はこう言って縋るしかなかった。


「……た、助けてくださいっ!」


 そう言って、私は彼女の足にぎゅっとしがみついた。


「えっ、ちょ、ちょっと……待って。まずは離れて!?」


 そう言われましても、私が大人しく離れたら逃げちゃうんでしょう? だから怖くて離せない。

 まるでコアラのように抱きつく私に、彼女は困った様子でおろおろとしていた。


「私がなにをすればいいのよ。ドラゴンなんて、保護してくれるような場所もないわよ」

「わかってる、けど」


 でも、あの森に戻るなんて絶対に嫌だし、耐えられるわけがなかった。


「うえええええぇぇぇん」

「なんでまた泣くの!?」


 私の目からは、また涙が吹き出してしまった。泣いたことなんて、今までほとんどなかったのに……ここに来てからはもう2回目だ。私の涙と鼻水が、彼女のズボンを濡らしていく。

 そんな私を見て、絆されたのか諦めたのか、彼女は大きなため息をついて口を開いた。


「……はぁ、私の部屋にくる?」

「ぐすっ、いいの?」


 私は上を見上げて、彼女の顔をじっと見つめた。女神に見えた。


「いいよ。でも部屋の外には出ちゃダメだから」

「うん」


 私は彼女の足から離れた。約束は違えないようで、彼女は私を抱きかかえると、森の出口の方へと私を連れて行った。



「お疲れ様、着いたわよ」


 彼女の合図とともに、私は袋の中から這い出た。ベッドのふわふわとした感触が四本足に伝わってくる。

 あれから私達は森の出口へと向かい、街に入り、彼女の部屋まで移動した。私はその間、彼女の持っていた鞄か何かの袋の中で息を潜めていた。

 他の人間に私のことを見られないようにするためだ、と言われ、素直に私はその言葉に従っていた。


「ふぅ、ここがおうち?」

「まあそうね。ここに寝泊りしてる」


 着いた部屋は、六畳くらいの小部屋だった。大きな窓が一つだけあって開放感はあるが、結構狭い。だが、ひとり暮らしなら十分な広さだろう。

 家具も最低限と言った感じで、ベッドがひとつあって、反対側には文机と本棚が置いてあるだけだ。なんというか適度に片付けられていて、清潔感がある。


「よっ、と」


 私はベッドの上から飛びおりた。自分の身長ほどはある高さだが、軽々とジャンプすることができた。


「……ごはんでも、食べる?」

「ごはん!?」


 彼女からの提案に、私は首をピンと伸ばした。

 そういえば、と思って腹を見るが、白いおなかはポンと凹んでいた。つまり、ぺこぺこということだ。

 いろいろなことがあって忘れていたが、少なくとも今日一日は何も食べていない。


 ぐぅー……。

 

 そんな間抜けな音が鳴り響く。一瞬の沈黙に、なんだか気まずくなる。


「あの、おなか、すいちゃって……」

「なにか、食べられるものを取ってくるわね」

「はい……」


 気遣いなのか、私のお腹の音には触れることなく、彼女はドアを出て私の食べ物を取りに出ていった。……はずかし。

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