3.ちょっとまってください

「助けて、おねがいします……」


 私を不審な存在だと思っているのか、その女性は動こうとしなかった。

 彼女は、胸元に革製の分厚い鎧を身にまとい、腰元には剣を据えていた。歳は……私と同じくらい? 高校生くらいに見える。高校生にしては物騒な格好だな。

 

 赤髪をなびかせるその姿は、とても美人だ。ただ、その顔立ちと服装は、明らかに日本人ではない。

 ということは、ここは日本ではない? もしかして言葉が通じていないのではとも思ったが、どうやらそういうこともなく、彼女は私をじーっと見つめながら声を発した。


「貴方……なぜ喋れるの?」

「さ、さあ」


 私にもよくわかりません、と言わんばかりに首を傾げてみる。まあ……こんな見た目で、普通に言葉話してたら怖いよね。そうだよね、私だって怖いもん。

 でも、今はそれどころじゃないんだよね。下ろしてくれたら、いくらでも話はするんで!


「種族は?」

「しゅ、ぞく……?」


 種族……ってなんだ。そんな単語、今日日聞いたことがないんだけど。……私が何者か、ってことを聞いてるのかな?

 私がさらにうんうんと首を傾げていると、その女性はもう答えを知っていたかのように言った。


「あなた、ドラゴンよね?」

「ど、どら、ごん……?」

「なんでそんな不思議そうな顔なの……」


 ドラゴンなんて私、ハリーでポッターな映画くらいでしか聞いたことがないし。そりゃ、不思議な顔するのも無理がないよね。

 でも確かに、言われてみればそうだ。私の今の姿は、まるでトカゲに翼を生やしたような姿。紛れもなくドラゴンだ。


「ってことは、私は、ドラゴンに生まれ変わったってこと……?」

「なにぶつぶつ言ってるのよ。で、何してるの、そこで?」


 な、何してるのって……見てわかりませんかね! 無様にも罠に掛かった可愛そうな生き物を見て、なんとも思わないんですか!

 そんなことを言いたい気持ちを押し殺して、私はゆっくりと丁寧に自分の境遇を説明した。


「さっきオオカミに追いかけられて、……気づいたら罠に引っかかっちゃって。助けてもらえませんか」

「……ふーん」


 彼女は帰ろうと私と正反対を向いた。これを逃したらダメだ、と私は必死で引き止める。


「ちょ、ちょっとまって!!!」

「何?」


 私の声に反応して、彼女はそっぽを向いたまま聞き返した。だから私は「外してください」と改めてお願い……というか懇願をした。


「せ、せめて、これ、外して……」


 それ以外はなにもしなくていい。それだけしてくれたら十分です。私は宙ぶらりんの中でできる、精一杯の礼をとった。でもすぐにお腹の筋肉がぷるぷると震えて痛くなったので、すぐにやめた。


「安全だっていう確証がないわ」

「まっ、丸腰だけど!?」


 この宙ぶらりんで身動きが取れない珍獣を、どう危険だと思うのか。

 私は手を広げて、丸腰をアピールしてみたが、彼女にはうまくその意志が伝わることはなかった。


「あー……、あとは頑張ってね」

「まって!」


 呼び止めたが、ついに彼女は立ち止まることなく、森の奥へと消えていった。

 だんだんと彼女の足音が薄れ、ついに森はいつもの喧騒を取り戻した。

 木々が風で擦れる音と、動物の不気味な鳴き声。それだけが響いて、それ以外の音をすべてかき消していた。


「ふええぇぇぇぇぇん……」


 突然、寂しさに襲われた。絶望でも、恐怖でもなく、寂しさだ。

 もう周りには名前も知らない彼女も、オオカミすらもいない。宙ぶらりん、誰もいない景色を見て、私は涙を堪えることができなかった。


「うえっ、うえええええええん」

「な、泣いてるの!?」

「ずびっ、戻ってきてくれたの……?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 鼻をじゅるじゅると言わせながら、私は彼女の瞳を見た。


「なによ、その目は」

「私、なにもしないから……」


 最後のチャンスとばかりに、私は手を開いて腹をどーんと見せた。なにもしないことをアピールするためにだ。

 そしてうるうるとした目のまま、彼女をじぃっと見つめた。今できることは、それだけだった。


「……あーもう、わかったわよ。噛み付いたりしたら殺すからね」

「は、はい!」


 「殺す」という物騒なワードに、私はじっとして彼女の言葉に従う。


「じっとしてて」


 彼女はおもむろにナイフを取り出すと、私の体の上の方に手を伸ばしロープを切断した。

 その瞬間、私の体は一瞬落下をはじめるが、下にある彼女の腕に受け止められて止まった。


「あ、ありがとうございます……!」


 彼女の腕の温かさを感じながら、私はしみじみと感謝の意を述べた。ありがとう、本当に命の恩人。さらに嬉しさから泣きたくなったが、それをきゅっと我慢して、顔を綻ばせてみた。

 すると彼女は、そんな私のことを一瞥すると、私のワキをガッチリと掴んだ後に、地面にそっとおろした。


「ほら、森に帰りなさい」


 えっ、ちょっとまってください!?




―――――――――――――


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