第15話
「アンジには観測者になってもらいたい。私が私から解放される瞬間の。そして、新たに生まれてくるゴーレム少女に名を与えてほしい。魂、意識の形はその響きによって完成されるもののような気がするから」
そうしたら、またアンジに会える気がするから。私からの最後のお願いを聞いてくれるかな?
『ゴーレム少女(仮)』の、よく出来過ぎたシステムに気が付いた頃には、情華の辿り着く結末は決まっていたのかもしらない。自発的に導いた結末ではあったが、ある種の誘導があったのではないかと勘繰ってしまうのは、あの奇妙なウェブサイトを目の当たりにしていたからか……どのみち些末な問題だった。勿論、この終わり方に不満などない。あるはずもなかった。情華にとってアンジはすべてだったのだから。
個であり集合。なんて魅惑的な世界であろうか。そこではより緊密な関係が営まれる。あらゆる存在すべてを個という存在を通じても感じる。……。どれほど言葉を尽くそうと魂の次元で営まれている理を解することは叶わないだろう。だから、欲求した。そこに私も辿り着こうと。そこに存在する自分を強く意識しようと。
「……」環境が私たちゴーレム少女に意識を与える。だから、情華の前に私が生まれてくることは決まっていた。今と違う気持ちを持っていたとしてもそれは必然なの。
私がいたからアンジが生まれた。
福音のような響き。情華は感極まって何度目かの涙を流す。これ以上、身体から水分が失われるのは危険と解っていても、身体は正直な反応を示す。
「ちょっとだけ、お別れだね」
情華はそっとアンジの頬にキスをした。くすぐったそうに目を細めるアンジ。
「……」ほんの少しだけだよ。大丈夫。きっと。情華なら……。
アンジにも確信を持って魂の還る場所に辿り着けるか解らないのだ。しかし、そこに不安や恐怖は感じない。そこで自分が自分でなくなったとしても後悔はないだろう。
アンジだけでなく、様々なゴーレム少女の魂と交感する。期待に胸躍る。これほどまでに何かを希求することが、これまでの人生で情華にはあっただろうか。
おそらく、初めて自覚する感情だった。それを表す適当な言葉が思い浮かばなかった。だけど、とても満たされて、かつてないほど頭のなかは澄み渡っている。
情華の眼前にわだかまっていた黒い靄のようなノイズは完全に消え去っていた。
浴槽に張った水の中にはすでに必要な材料が混ざり、赤子のような淡紅色でもって情華の身体を浸していった。たんなる水より粘性が強いのか、裸体になった情華の身体によく絡みついた。
身を沈めて、ぷかりと浮き上がってきた〝魂の刻印〟はアンジに頼んで描いてもらったものだ。情華をイメージして描いたという可愛らしいイラストはなかなか絵心があって微笑ましい。
戸を閉め切って三分間。それで海神情華の人生は終わる。
最後に捧げる〝大切なもの〟。それは〝海神情華〟という肉体。
浴室の外ではアンジが一人待っている。ゴーレム少女を生成する水に情華が溶けた後、現れるだろう新たなゴーレム少女に名を与える為に。
思い返すことはなかった。これから始まるであろう新しい世界に瞳を輝かせて、情華は静かに瞼を閉じた。眠りは呆気なく訪れた。
そうであるように。そう定められていたかのように。
再び目を覚ましたとき、そこに情華が存在しなくても。もはやすべて満足だった。
海神情華はこの世に生まれてきたことを感謝した。
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