第13話
これはいつの頃の会話だったろうか……。精神的にとても安定した日だったと思う。情華はこんな質問をした。
「あなたたちって。その。アンジが肉体を得るまでって、いったいどこにいるのかしら?」
「……」どこっていうのは?
「私が、ゴーレム少女を作ることで、つまり、アンジの収まる肉体を作るわけじゃない。そこで、私はアンジとこうして会って話して、エッチして、他愛もないことをたくさんできる。最後は食べちゃうわけだけど、その後私は一人でまたこの広々した部屋の中に取り残されるのだけど。……だから、なんていうのかな。アンジにも帰る場所があるんだよね?」
もともと口が達者な方でない情華には、こういう取り留めのない訊ね方しかできなかった。伝えたい内容をその時々に合わせてまとめることはすごく苦手だった。
アンジは中空に目を彷徨わせて受け答える。
「……」そうだね。私たちにも帰るべき場所はある。でもそれは、はっきりとした知覚ではなくって、とても曖昧な……眠りに落ちる直前の一番気持ちのいい瞬間を漂うようなつかみどころのない場所かな。
「そこにはアンジ以外のゴーレム少女たちの魂もあるんでしょ?」
「……」どうだろう……私たちにはそもそも、情華が想像するような個という状態が解らないから。境界線が存在しないの。そこに安らぎはあるけど、肉体に宿る前のわたしたちは朧げな存在で。あってもなくても何の問題もない、そんな儚いものだと思う。
「なんだか、悲しいね。それじゃあ、その場所に還ったアンジには〝アンジ〟だったっていう意識がないも同然なのかな?」
「……」魂の存在する場所ではそうだともいえる。すべてが溶け合って集合にして個体のような状態だから。一つ一つの魂がそれぞれ思い思いに思考するようなことは起こらない。かわりに、肉体を得て集積された記憶のフィルムのようなものが絶えず流れてる感覚がするかな。だから、まるで自分のことのように思うし、まるで関係のない誰かのもののようにも感じられる。これって結構微妙なバランスだと思うけど、なぜかそれが上手くいっている。そんな場所だから。
「私はなんだか不安だな。私はアンジがアンジであるままその場所に還ってほしい。そこに確たる個が存在しない、できないのなら、離れ離れになっている間の私の想いはどこへ行ってしまうの? アンジの想いはどこへ行ってしまうの? どんな状況でも繋がりが欲しいよ。私は一人ぼっちだから……。誰でもないアンジただ一人に私という個人を認識し続けていてほしい。そう願うのはわがままなことかな?」
「……」情華の気持ちは解かるよ。できることなら私のこの想いは誰にも譲りたくないもの。でもね、こうも考えられるの。こんな想いがあったんだ! これが私の愛した人なんだ! それをみんなに知ってもらいたい。分かち合いたい。あなたたちはどうだったのかしら? この想いと同じ想いに駆られたのかしら? それはどんな相手だったのかしら? そうやって確かめ合って初めて自分の心は正しかったんだ、私の想いと共鳴する心があるなら、この想いが本物だったんだっていう確信が持てるような気がしてこない?
共通の想いを確認し合う行為。それが可能な世界。はたして、アンジの魂が帰る場所とはどこにあるのだろうか。そして、それはどんな世界なのだろう。自分と共通する心を、境界線を無にして感じられる。それは途方もない安心感と果敢な自意識を育む場であるような気がした。
個にして集合。この魅惑的なフレーズが情華の心を掴みつつあった。
「アンジが私のことを愛してくれるのはきっと、そういう普遍的な愛を見つけることができたからかもしれないね。私にも見つけられるかな。私のアンジを好きだという気持ちが間違ったものじゃなくって、正しい愛の形だったっていう……自分に誇れる愛があったっていう信念が……」
「……」大丈夫。安心して。私言ったよね? 情華は十分に強い心を持ってるって。だから信じて。情華の気持ちは絶対であるってことを。
その後、セックスに流れていったのか、より深い思索に耽っていったのか、情華の記憶は定かではない。少なくとも、情華がアンジに出会える回数がもうそれほど残されていなかったことだけは確かだった。
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