第11話

 好奇心と破滅は隣りあわせだ。

 自分の身が持たないことを素直に認めた情華は三分間をしっかりと守るようになった。

 だからといって厭らしい好奇心を押し留めておくことは難しかった。情華はもう少しだけ自分に素直になってみることにした。今度は逆に、三分を待たずに二分ほどで浴室の戸を開いたのだ。

 そこにはあられもない姿の女児がぽかんと口を開けていた。

「アンジ?」

 情華は目を丸くした。

「……」情華?

 アンジも目を丸くしていた。自分に起こった変化に気付けないような。自分の発した言葉に驚いているような。

 舌足らずな言葉遣いは〝よ~かぁ〟としか聞き取れなかったのである。

「……」情華? 私どうしちゃったの? これ、これって私なの?

 アンジが今にも泣きだしそうだった。極端にも程度というものがあるだろう。情華はどうしたものかと考え込んでしまう。逡巡する間に、『ゴーレム少女(仮)』にとって三分丁度というのは適切な規律なのだとやっと理解することができた。

「ごめんねアンジ。私が変な好奇心を持ったがためにこんな姿になっちゃって……」

 情華は小さくなってしまったアンジの身体を優しく抱きしめてあげた。優しく頭を撫で震えるアンジを包み込んであげた。いつもアンジにされているように、今夜は情華がそうしてあげる。幼過ぎるアンジの肉体は普段より熱を持っていた。

 口では「ごめんね」と言ったが、正直これはこれで有りだった。情華に小児愛的な性癖はなかったが、相手がアンジならば別の話。このまま寝室に連れ込んで……。

「……」私、怖いよ。よく解らないけど。震えが止まらないの。よく解らないの。

 情華は絶句した。幼いのは肉体だけではない。精神もそれに合わせて幼くなっているのだ。怖いというのは、この場所。一種のホームシックのような心理が働いているのかもしれない。幼い子供がそうであるように。

「そうか。……そうか。不安だよね。こんなところに呼び出されて。でも、その目的はきっと頭の中に刷り込まれていて。大丈夫。私は何にもしないよ。お話をしよう。ホットチョコレートを淹れてあげるから。洋服も着ようね。だって裸じゃ心細いじゃない。さあ」

 奥底から湧き起こる情欲はかき消え、代わりに心のどこかに仕舞われていた母性のような温かさが溢れ出してきた。恐らく、と情華は感慨に思う。以前と変わらない生活を送っていれば芽生えることのなかった温かさだと。

「……」ありがと。ありがとう情華。私心細くって。怖くって。

「うん。うん。大丈夫だよ。私が傍にいるから。ずっと、あなたが眠りにつくその時まで」

 ゴーレム少女たちが眠りにつくかどうかわからない。でも、そう言ってあげることが優しさだと思った。

「今夜はどれだけ私がアンジに助けられてるか、それをいっぱい伝えたいから、ね。」

「……」あ……うん。情華の手、気持ちいい。

 情華は幼い姿になってしまった――幼い姿にしかなれなかった――アンジの手を引っ張ってリビングに向かう。子供サイズの服はなかった。だぶだぶのシャツに包まれているアンジは可愛かった。目を細めて、こくこくとホットチョコレートを飲む姿は愛らしかった。

「……」甘くて、安心するあたたかさだね。おいしい。

 ゴーレム少女にも味覚はあった。見た目はどこをどう見ても人と変わらないが、血も内臓も骨も存在しない。だから、情華は大げさに驚いたし、興味深くもあった。

 アンジを甲斐甲斐しく面倒見ることも、こうやってただゆったりとした時間を過ごすことも存外悪くないと情華は思った。

 それだけに、食べることでしか還す方法がないゴーレム少女たちが憐れでならなかった。ほんの好奇心で時間を縮めて、こんなにも残酷な別れを迎えなくてはならないとは想像もしていなかった。

「怖くない。怖くない」

 アンジに対して言った言葉か……。自分に言い聞かせた言葉だったのか……。よくは解らなかった。見た目が幼いからと、怯える必要はない。痛みはないはずなのだから。

「……」またね。情華。

 こんなことをしてしまった自分に、それでもまた会ってくれるのか。情華はその言葉に涙を流す。

 アンジのことは頭から食べていった。足先から食べていく姿を見られることに耐えられそうにもなかったから。途轍もなく恐ろしいことを仕出かしてしまったような罪悪感がいつまでもつきまとった。

 今後一切、情華が〝三分〟という時間を破ることはなかった。酷いことをしてしまったという後悔があり、情華は二日間ほど『ゴーレム少女(仮)』を作ることをやめた。


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